9/26 曇り
右乳首に生えている毛が2センチを超えた。
乳首の毛を伸ばすと金運が上がると俗説では言われるが、実際のところは私の場合、財布から気がつけばお金が消えていることが多い。そもそも乳首の毛に縁起を求めるのが色々と間違っていると思う。
少し昔話をしよう。
私がまだ高校二年生だった頃だ。ある日、風呂上がりに体を拭いている時、ちくりと鋭いものが私の腕を刺した。私はその初めて味わう不思議な感覚を怪訝に思い、かすかな痛みの出所を追った。
すると、私の右乳首に針金のような、しゃんとして突き立ったものが目に入った。たくましい乳首毛が、乳首の薄皮を突き破って黒々と光っていた。
私はそれを引き抜こうとしたが、少し思い直して、そうすることを止めた。乳首から毛が生えてくることが、その時は貴重な経験のように思えたからだ。私はその凛とした乳首毛との共存を選んだ。
乳首毛は日々、少しずつだが成長していった。
その乳首毛が華厳な様相を保ちながら3センチを超えたとき、私は乳首毛に『さくら』という名前をつけた。
私はさくらに少しずつ愛着が湧き始めていた。彼女はシャンプーで洗ってやると少しフニャっとして照れるくせに、しばらく構ってやらないと私の腕をちくりと刺すのだ。そんなツンデレな彼女に私はどんどん惹かれていった。
私は伸び続けるさくらを見て、ふと思い立って乳首毛のギネス記録を調べた。12.9センチ、世界一の乳首毛の長さであるとともに、その日から私とさくらが目指すべき目標となった。私たちならやれる。彼女も、そのように思っていたのだろうか?
それから数ヶ月後まで、さくらの身には何事も起こることがなく、彼女はすくすくと成長していった。
悲劇は唐突に訪れた。さくらが7センチを超えた頃だった。
体育の授業が終わり、体操服から制服に着替える時。私は異変に気がついた。
恐る恐るカッターシャツをめくり、右乳首を覗くと、そこにさくらがいなかった。
私は号哭した。
さくらはバスケットボールによる激しい上下運動に耐えることができなかったのだ。私が気づかぬうちに、彼女が命を削られるような事態に陥っていたことを悔いた。
こうしてさくらは暑い夏の日に散っていった。
さくらを失ったショックからか、私はその後無気力な生活を続けていた。
ある今年の夏の日のことである。
その日は、彼女を失った日と同じくらい暑かった。
風呂上がり、胸のあたりに何か懐かしいような痒みを右乳首に感じた。私は満面の笑みで右乳首を見て、こう声をかけた。
「おかえりなさい」
「ただいま!」