12/31 晴れ
2016年最後の日。
今年は世界的な事件が相次いだ。イギリスはEUから離脱し、ドゥテルテは人権の無意味さを世界に知らしめ、トランプは勝利し、ヨーロッパの各地でテロが相次いだ。連日騒がれる芸能ニュースがいかに矮小か、これらの事件は示してくれる。
芸能人の一人や二人が消えたところで、生活の何が変わるというのだろうか。芸能ニュースが報じられた2週間ほど後には、大半のファンが別の美形芸能人に現を抜かしているはずだ。そうこうしている間にも、地球はくるくると回っていく。
年末はすることがない。特に大学生になってからはなおさらだ。時々本を読んでは、こたつに入りながらテレビを何も考えずに見つめる日々が続いている。
現に、今もぼーっとテレビを眺めている。何も考えないというのは、暇をつぶすにはもってこいの方法だ。
「隣、いいかしら?」
彼女の一言が、テレビに吸い込まれていた私の意識を呼び戻した。
返事も待たず、私が乗っていた座布団を奪い取って、狭いこたつに無理やり潜り込んでくる。
男子校時代とは違い、大学に進学して、多少は女性と接近することに慣れたつもりだった。でも、密着するほど女性に、少なくともその姿をしているモノに近づくのは、今でもそこはかとなく恥ずかしい気分になる。
かくいう彼女は、そんな私の内情を汲み取ることもなく、番組に見入っている。
なぁ、と私は彼女に声をかけた。
「そういや、君と出会ってからもう一年なんだな」
「なに、口を開けばそんなこと? 無理やり話題を探さなくてもいいのよ」
ちらりとこちらを一瞥して、彼女は棘を放ってきた。
「この一年は、長々と語れるほど大きな出来事もなかったと思うけど」
「俺は良い一年じゃなかったと思うけどな、特にお前のせいで」
「あれよ、やられた方ほど、そのことをよく覚えているってやつじゃない?」
「やった方は覚えてないのかよ・・・」
今年の元旦、彼女がこの家に訪れてからというものの、私はロクな目に合わなかった。
新年早々インフルエンザを患うわ、第一志望の大学に落ちるわ、憧れのキャンパスライフのスタートダッシュで盛大にずっこけるわ、春頃までは本当に不幸の連続だった。
彼女曰く、私が不幸なのは、彼女がこの家に来て『厄』というものを発散しているかららしい。
初対面の時、「私は守り神だ」なんて、無い胸を張って自慢していたことを記憶している。私にとっては守り神というより疫病神だ。胸に関して毒吐くと殴られた。
このような変なモノを無理やり追い出すほどの根性もなく、一年経てば勝手に出て行くと言っているので、仕方なく放置して、現在に至っている。幸い、『厄』は春頃までにほとんど発散してしまったらしく、それからはあまり不運な出来事は起こっていない。
そうか、彼女がここにきてからもう一年になるのか。
「確か、そろそろこの家から出て行くんだったな」
「うん、今日でサヨナラ。しみったれたこの家ともお別れね」
大晦日の存在を最近まで忘れていた。クリスマスやハロウィンなどのイベントに隠れて、前々から音を立てずにゆっくりと迫っていたのだ。あまり日頃は気にかけていないので、この日が急に訪れたような気がした。
彼女と今日でお別れと聞くと、なんだか急にムズムズしてくる。
「なんか、寂しくなって来たな。もう1日だけいるとかできないのか?」
「それは無理ね。別の守り神がこの家に居座れなくなっちゃうじゃない。それに、私自身ももっといろんな場所を見て回りたいし。」
別れには区切りがあったほうがいいわ、寂しいけど、と彼女は続けた。
紡ぐ言葉とは裏腹に、別れを惜しんでいる様子はなかった。ずっと長い間、このようにしてきたのだろうか。
「まあ、私との触れ合いは今日限りってわけ、だからといっておさわりは厳禁だけど」
「てか、そもそも守り神なんてものに性別があるのかよ・・・」
私の問いには答えることなく、彼女は再びテレビに視線を移した。答えのわからない質問には答えない主義なのだ。少女の形をとっているからといって、性別は決まっているわけではないのだろう。無性別だろうか? そのうち私も答えのない問いについて考えるのはやめて、テレビを見ることにした。
そんなやり取りからしばらく時間が経って、時計は11時を指していた。突然、今度は彼女から口を開いた。
「そういえば、あなたの『厄』、全部吸い取っておいたから」
はぁ? と素で声が出た。そもそも吸い取ることができたのか。
「それって、一年前俺に『厄』を発散する必要がなかったってことか?」
「あの時は『厄』で満タンだったのよ、あと誰かに嫌がらせもしたかったし」
思わず、ため息が出た。こうして、『厄』を吸い取り、『厄』を発散し、浮世を渡り歩いているのだろうか。彼女の当たりの強さは誰に対しても同じなのだろう。
「でも、なんで最後にそんな気遣いを? らしくないな」
「あそこ、見て」
彼女はそう言ってドアの隙間を指差した。
最初は暗くてよく見えなかったが、目を凝らすと、何かいる。
谷亮子と吉田沙保里を足して二で割ったような顔をしていた。要はホモ・サピエンスよりゴリラ・ゴリラに近い容態をしている。
「次の守り神。急ぎすぎて年が変わる前に来ちゃったみたい。あの子、興奮するとチョークを仕掛けてくるわよ」
彼女は私の耳元でそう囁いた。次の守り神は人間の姿すらしていなかった。守り神なのに、もはや私を何から守っているのか分からない。私は疫病神のボスラッシュを食らっているような錯覚に陥った。
「あの子と来年はベストコンディションで過ごしてもらいたいなーと思ってね」
わざとゴリラに聞こえるように言って、彼女は意地の悪い笑みを浮かべた。それを聞いたゴリラも鳴いて、拳をゴチンとぶつけて鳴らした。
来年も波乱の年になりそうだ。