きんこんぶろぐ

大学生の私が日々思うことを綴っていくブログ

喫茶店ファイター

9/9 晴れ

 

 編入試験まで残り60日を切った。受験の時はいつも、このくらいの時期から焦り始めている。今回もしかりだ。

 英語の勉強がなかなか捗らない。私の場合、やる気があることはものすごく上達が早いのだが、渋々やっていることは上手くなるのに時間がかかるのだ。果たして間に合うのだろうか。

 

 昨日は久々に、関学のプールで泳いだ。花火を見たり、プールに行ったり、カラオケで遊んだりと、今年の夏は形式上とても充実した夏だった。

 その実、喫茶店に通い、図書館に入り浸り、一人寂しくプールで泳ぐ、いかにも村上春樹的な夏休みだったのだが。

 

 今日もその例に漏れず、とある喫茶店へ行った。大阪駅前第一ビルの地下にある『マヅラ』という名前の喫茶店である。

 地下一階に着くと、なにやら奇声がこの階層一帯に響いている。

 何事かと思い、その奇声のする方へ行ってみると、喫茶店『マヅラ』があった。

 声の出所は、喫茶店の入り口で通り過ぎる人々に「イラッシャイマセ!」と叫んでいる店長だった。私が店内に入ってからも、その店長はときおり発作的に「イラッシャイマセ!」と絶叫している。

 調べてみるとこの店長、90歳を超えているらしい。どっかのクイズ番組の司会者の遺言が「正解は3番でございます」だったように、この店長の遺言も「イラッシャイマセ!」になるだろう。一体どこにイラッシャイマセするのだろうか。是非とも、この喫茶店の顔として、長生きしてほしいものだ。

 

 注文を伺いにきたウエイトレスは、店長とは対照的にお淑やかだった。品のいいマダムといった感じだ。私はホットコーヒーとミックスサンドを頼んだ。

 この店の特徴は何と言っても、昭和な雰囲気と値段の安さである。

 『マヅラ』は喫煙者への風当たりが強い現代においても、当たり前のように全席喫煙可能である。さらに、広々とした店内をノスタルジックな橙色の光が隈なく照らしている。

 きわめつけは、コーヒー一杯で250円という破格の安さである。とても梅田に位置しているとは思えない値段の安さだ。

 自家焙煎のコーヒーは、爽やかな酸味の香る良品のものだった。ミックスサンドも野菜が新鮮で非常に美味しい。コストパフォーマンスと味は100点満点である。

 ただ、店長の声が大きいので、その度に私は驚いてしまう。周りのお客はそこまで店長の声を気にしていない。おそらく、連れとの話に夢中なのだ。こういう時に、独りでいることの悲しさをまざまざと感じる。

 

 ノイズキャンセリング機能の付いたイヤホンを耳に差し込み、私はさらに一人の世界に没入していった。もう、周囲の話し声はおろか、店長の声も聞こえない。

 現代は独りになるのが簡単な時代であると思う。独りでいることを楽しむ、ということが最近できるようになった気がする。

 独りでいることは、人と話している時と同じくらい得るものが多い。自分の考えがまとまるし、目先のことに集中できるからだ。

 目先のこと、少し先の未来と独りで闘うことは、結構つらいことだ。

 闘い疲れた時、その身を休めることができるのは、自分が独りぼっちにならない場所だろう。他者との関係の中で心身を休めることで、再び次のラウンドへと舞い戻ることができる。

 未来へ挑むということは、ボクサーに似ていると思った。まだまだ知力も体力もスーパーフライ級だが、いつかはヘビー級の王者になりたいものだ。

 

 用事を済まして店を出ようとすると、声を張り上げていたはずの店長が、意外にも普通の声でお客を案内していた。

 誰にも気にも留められない、接客という孤独な仕事を、彼は何十年続けてきたのだろうか。

 そう考えると、『マヅラ』の店長も歴戦の戦士のように見えてきた。彼はこの先も闘い続けるのだろう。

 心の中で、ささやかなエールを彼に送り、私は店を後にした。