きんこんぶろぐ

大学生の私が日々思うことを綴っていくブログ

祖父の誕生日

10/8 晴れ

 

 秋晴れの日々、心は晴れやかではない。

 試験の前になると、いつもお腹を壊したり、体調を崩したりする。レジリエンスがなさすぎる。

 今日は阪急十三駅の近くにあるラーメン屋『くそオヤジ最後のひとふり』に行ってきた。

 貝出汁ベースのスープに太めのコシのある麺が程よく絡まり、絶品であった。

 レア状のチャーシューというものも、今日になって初めて食べたが、豚肉の旨味と貝出汁が合わさって非常に美味しかった。もう一度行きたいぜ。

 

 今日は祖父の誕生日である。確か74歳の誕生日だった気がする。

 彼は少し前、脳梗塞を患った。しかし、未だに介護を必要としていない。まだまだ元気である。

 医者曰く、それでも脳の一部に血液が行き届かなくなるので、生活に些細な支障をきたすようにはなるらしい。だが、認知の面では問題は無いそうだ。本人もそこを一番気にしていた。

 祖父は実験用のラットでは無いので、脳のどこの部位が破壊されてどのような行動ができなくなるのか、といった心理学的な好奇心よりも、健康の心配の方が私の中では勝る。さすがに、そこまで私は堕ちてはいない。末長く、健康でいてほしいものだ。

 

 私には従兄弟がいる。私より二つ上の長男と、長男と3歳差の妹で構成された兄妹だ。

 兄の方は現在、大阪府立大学で物理学の研究をしている。心理学とは何の接点もない分野だ。同時に、私の苦手分野でもある。

 妹の方は、何をしているのかわからない。

 というのも、伯母が離婚後、若い男を連れていたことなどのトラブルがきっかけで、祖父と大ゲンカをしてしまって、それっきり私たちとも連絡が途絶えてしまったからだ。

 兄の方は大学の研究室のホームページに名前が記載されていたので、生存が確認できている。

 どうやら風の噂によると、彼は学部を首席で卒業するレベルに成績が優秀らしい。成績がてんでダメな私とは対象的である。

 

 一見、祖父の人生は困難で満ち溢れているように見える。

 終戦と共に生まれ、スマートフォンは愚かエスカレーターも何もかも存在しない世界で若い頃を過ごた。

 中卒で三菱電線に入社し、事故で指一本の先っぽを無くしている。

 お見合い結婚で祖母と結婚し、そして伯母と私の母を男手2つ指9本で養ってきた。

 一度は禁煙したが、それまでずっとタバコを吸ってきたツケが回って脳梗塞を起こした。

 そして、伯母とほとんど絶縁状態が続いている。

 私は祖父の人生のほんの一部しか知らない。

 もしかしたら、困難以上に幸福に満ち溢れた半生だったのかもしれない。

 私に自分の人生の全てを知らしめることを祖父は好まないだろうし、そこまで深く祖父のことを知ろうとする動機もない。

 それでも、彼が人生の黄昏において、今何を感じているのかは知りたいと思う。それについては、祖父自身の口から語られるのを待つしかない。

 親族といえど、個人の心中に不誠実に入り込むことは無礼なことだ。

 

 人生の大部分は、他人に対して語り得ることのできないものだ。

 他人からしてみれば、その人の語られない人生の時間は存在しないのも同じかもしれない。

 それでも、本人にとっては豊穣な、出来事にあふれた人生が確かにそこにあるのだ。

 いつかは老人になることは、誰も避けられない(もしかしたら、今世紀からはならずに済むかもしれない、手のひらクルクル)。

 未来の誰かが、私と同じく過去を「無い無いづくし」だったとなじることもあるだろう。

 そこで立ち止まって、今が「あるあるづくし」なのは、その何もない状態からスタートし、たくさんのものを築き上げてきた今の老人たちのおかげだと考えてみる。

 現在の豊かさは、何もなかった過去と繋がっている。

 老人たちも、なかなか捨てたものではないのである。