きんこんぶろぐ

大学生の私が日々思うことを綴っていくブログ

学年ビリのオタクが1年で大阪大学の編入試験に不合格した話 中編

 

 こうして、私は志新たに受験勉強を始めたわけだが、これまでの目を背けたくなる失敗を繰り返してしまうかも、という心配があった。

 

 大学生になってまで、時間を無駄にするわけにはいかなかったので、日常生活の根本から改革し、勉学に取り組もうと考えた。

 

 受験勉強を始めるにあたって、私が気をつけた点を以下に述べる。

 

 

 このたった三つである。

 

 とにかく、以前の失敗を顧みて、健康的で勉強に集中できるような生活を心掛けた。

 

 ニュートンは研究に全力を注ぐため、オナ禁は愚か生涯童貞を貫いたという。

 

 そのくらいの気概が私にも必要だと思った。

 

 1年間読書や勉学を積み重ねてきたのだ。今回こそは受験に成功するだろう。

 

 そんな、これまで努力に裏付けられた自信が心中にあった。

 

 

 3年次編入は情報戦である。

 

 情報を多く取り揃えたものが勝利する。そんな記述をインターネットの海で見かけた。

 

 全くその通りだと思った。まずは相手を知らなければ話にならない。

 

 私には、編入試験についての知識が明らかに不足していた。

 

 受験勉強を始める際、まずは情報を集めようと思い立った。

 

 

 とりあえず、入試験の問題が分からなければ対策のしようがないので、大阪大学に過去問を取りに行くことにした。

 

 大阪大学では、大学院試験や3年次編入試験の過去問をそれぞれ一年分だけ配布している。平日限定である。

 

 人間科学部の棟に着いた後、2階の受付に行って過去問の見本を貸していただいた。

 

 「これを近くのコピー機で印刷し、返却してください」と、懇切丁寧に伝えられた。

 

 私はビビリなので「もし他大学の学生だとバレて、冷たい視線を向けられたらどうしよう」と思いながら行ったのだが、見事に杞憂であった。

 

 

 受験教科は英語、小論文、専門科目の三教科である。

 

 この順番で試験が行われ、3教科が終わった後に口頭試問、つまり面接がある。

 

 

 英語の問題はどこかの専門書や、論文から引用してきた長文が用いられていた。

 

 一つの大問に二問ずつ和訳や日本語での説明を求められる問題があった。

 

 長文の量はそこまで多くはなく、大問一つあたり250語くらいであった。

 

 長文の話題は介護ロボットの是非やレジリエンスの説明など、やはりというか、社会科学に関連したものばかりであった。

 

 

 小論文の問題も、英語と同じく社会科学系のトピックであった。

 

 ただ、英語と違い日本語であるぶん、文章の内容の難易度は高く、人間の認識やクオリアについて問われるなど、人文・自然科学の基礎的な知識も求められるものだった。

 

 大問は二つで、それぞれ小問が一つずつ。

 

 内容は、要約と自分の考えを述べるというものだ。典型的な小論文の問題だった。

 

 

 そして専門科目である。

 

 大問は二つであり、一つが自由記述式の小論文、もう一つが語句について説明する小問が五つあるものであった。

 

 自由記述の小論文は、人間が新奇な環境に適応することを行動学的立場から説明することが求められ、漠然とした問題にどう自分の論を組み立て論じて行くかが鍵になっているように思えた。

 

 一方、小問では幅広い心理学の領域から単語が出題されており、中には「ツァイガルニク効果」など、相当その分野の詳しい知識がないと説明することができないような言葉もあった。

 

 

 過去問が1年ぶんしかないのは少し備えに不安があるように思えたが、問題形式がわかっただけマシであった。

 

 問題形式が分かれば話は早い。

 

 英語は短めの長文を読解し、和訳する練習をすればいい。

 

 小論文はこれまで通り読書で幅広い分野の知識を養い、論理立てて文章を書く練習をブログなどで行う。

 

 専門科目は小論文の練習とともに、心理学の知識をさらに培っていけばいい。

 

 少し視界が開けたように思えた。

 

 

 では、口頭試問はどのようにこなせばいいのか。これがいちばんのネックだった。

 

 面接で何が聞かれるのかは大体見当がつく。

 

 「大学に入学できたら何を勉強したいか」、「なぜこの分野に興味を持ったのか」、「これまでどのような本を読んできたのか」、そのようなことを、おそらく聞かれるだろう。

 

 口頭試問は志望理由書に基づいて質問が飛ばされるのだろうと、私は予想した。

 

 志望理由書とは、願書を出すときに併せて、自分の出願への経緯を載せて提出する用紙のことである。

 

 この用紙に、自分の志望分野や受験への想いを約600文字でまとめなければならなかった。

 

 これを作る過程で、大学入学後のことや、自分の興味関心についての自身の考えをまとめていこうと考えた。

 

 口頭試問の本格的な練習は、編入試験専門の予備校にでも入っていなければ、なかなかできないものだ。

 

 実際、このような予備校に入学し、大学や専門学校を半年から一年休学して編入試験に挑むものは多い。

 

 予備校のサイトで合格者を見ていると、大体がそのような者たちばかりであった。一方、私は休学することなく試験に臨むことになる。なかなかにこれは厳しい。

 

 口頭試問の練習ができないのなら、自分の考えをあらかじめまとめておき、本番に素直に答えて矛盾が出ないようにすればいい。

 

 自分の考えをまとめるため、志望理由書を私は利用した。

 

 志望理由書には以下のように書いた。全文ママである。

 

 私は、人間の集団内での規範意識について研究したいと考えている。いじめなど集団内で逸脱行動が発生する仕組みを探求していきたい。そのために、私は大阪大学人間科学部で、その研究に必要な知識や研究方法を学びたいと思っている。

 

 私がこのように考えているのは、大学一年生の時、不登校支援のボランティアを一年間したことがきっかけだ。私は初め、臨床心理士になることを目指していた。しかし、支援を行なっていくうちに、臨床的なケアだけでなく、彼らを不登校に至らせない環境を形成することも必要と考えるようになった。

 

 心理学検定一級を取得し書籍を読んでいくにつれて、社会心理学の領域に魅力を感じ、行動生態学にも興味を持つようになった。だが、現在の自分にはこれらの分野の知識が不足しており、現在の大学では学ぶことのできない知識を大阪大学で身につけたいと考えた。社会心理学の領域ではグループ・ダイナミクスなどの知見を参考にし、自分の研究を深めていきたい。また、行動生態学の領域では霊長類と人間の規範意識にどのような類似や差異があるかを研究したい。

 

 今後は大学院へ進学して博士号を取得し、将来は自分の蓄積した知見が学校制度などに反映されるよう社会に積極的に提案していきたい。

 

 志望理由書は、自分が心理学検定を取得し、これまで着実に行動科学の知見を積み重ねてきたこと、入学した暁には何を勉強したいかを、明確にアピールした。

 

 また、不登校支援から現在の関心に至るまでの経緯を短く、わかりやすくまとめることに徹した。

 

 

 これで試験への基本的な準備は整った。

 

 あとは出願し、本番まで勉強を続けるのみである。

 

 

 3年次編入を志し、過去問を取りに行ったのが春のことである。

 

 春から夏までは、各教科の基礎固めに力を注いだ。

 

 英語は高校時代に使っていたターゲット単語帳を引っ張り出し、それを何周もして大学受験以来記憶が薄れつつあった英単語を再び暗記していった。

 

 また、基礎英文問題精講を解き始めた。

 

 この問題集は本当にいい。英文読解の能力が気づかぬうちに跳ね上がっている。

 

 小論文は書き方を指南している参考書を数冊購入し、それを読んだ。

 

 それから、その本に書いてあった論理的な文章の書き方を参照しながら、ブログやレポートを書いた。理論&実践である。

 

 専門科目は東京大学出版会の「心理学」というテキストを購入し、それを読み込んだ。

 

 さらに、心理学検定受験の際に購入した検定の問題集や一問一答、心理学用語単語集を利用して学習を進めた。

 

 

 だが、夏休みに入ったあたりから、胸の中に不安が蠢き始めた。

 

 それは、自分が社会から隔絶されたように感じるという、孤独感そのものであった。

 

 ちょっと勉強をやめて、図書館から出てみれば、楽しそうなカップルや、遊びに明け暮れている同じ年くらいの大学生が沢山いる。

 

 これを見るだけでも、心が痛くなった。

 

 やはり、人間は楽な方に流されていく生き物である。

 

 この引力には逆らいがたい。しかし、私は逆らってしまった。

 

 逆らった先には、おぞましいまでの孤独感が待っていた。

 

 この時、私は浪人生のおよそ半分が、成績が向上しない訳を思い知った。

 

 かつて私が高校生だった時、成績の上がらない浪人生を笑い飛ばしたことがある。

 

 怠惰である、なぜ努力ができないのだ、と。

 

 経験して初めてわかること世の中には沢山ある。これも、その中の一つだ。

 

 なかなかに孤独というのは辛い。

 

 人間の心は、週囲の社会から外れて一人コツコツと何かを続けることには、とても向いてはいないのだ。

 

 

 大学が夏休みになってから、私はいよいよ完全に孤独になってしまった。

 

 孤立はしていない。友人がいるのだから。

 

 それを分かっていてなお、孤独は苦しいものだった。

 

 誰もいないキャンパスに朝から赴き、夕方まで勉強し、帰宅する毎日。

 

 こういうことを繰り返していると、人はダメになってしまう。

 

 私の思考は徐々にマイナスの方向へと向かっていった。

 

 生きる意味とは、己の使命とは、第二外国語を勉強する意味とは、なぜダンスサークルというものがこの世に存在しているのか、とくといって面白くもないお笑いサークルに人が集まるのはなぜなのか。

 

 

 不毛な思考の渦にぐるぐると巻き込まれていた時、友達に遊びに誘われたことは本当に救いになった。

 

 私は人から元気を吸収して生きている人間なので、たっぷり彼からは元気を吸い取らせていただいた。

 

 これには本当に感謝している。元気を吸い取れたことじゃなくて、遊びに誘ってもらったことに。

 

 勉強には息抜きが本当に必要である。何事もメリハリが大事である。

 

 

 こうして、どうにか精神を持ち直した私は夏休みに毎日受験勉強に励み、やがて新学期を迎えた。

 

 ここまでくると、遠くにあった試験がいよいよ見えてくる。

 

 九月の初め、願書を提出してからは、かなり内心焦っていた。

 

 この頃から大阪大学の大学受験過去問や、旧帝大レベルの英文の和訳問題を解き始めてはいたのだが、まるで編入試験に受かる気がしなかったのだ。

 

 これまでの受験が頭をよぎる。

 

 高校、大学まで、私は第一志望に合格したことが一度もなかった。

 

 思えば私のこれまでの短い人生は、敗北の連続であった。

 

 部活の試合もあまり勝ったことがないし、彼女がろくにできたこともない。

 

 常に、私は持たざる者だった。今回も私は敗北してしまうのか。

 

 焦燥にじりじりと、私の精神は焼かれていく。

 

 

 九月までくれば、もはや受験は耐久戦である。

 

 辛さはあったが、私はラストスパートに向けてエンジンをかけ始めた。

 

 試験日は11月7日。本番はすぐそばに見えていた。