きんこんぶろぐ

大学生の私が日々思うことを綴っていくブログ

B4の紙切れに収まる僕の人生を

3/6 晴れ 

 

 今日は妹の誕生日である。

 妹は今年で17歳になった。

 17歳といえば、私がナニをアンテナ代わりに反り勃てて、エロいことを探していた年頃である。

 その点、私とは対象的に、妹は部活の部長を務めていて立派である。

 私の知的人生は18歳から始まったようなものなので、17歳までの奇行はノーカウントにしてほしい。

 私の見るところ、妹の知的人生はまだ始まっていないようだ。

 妹には私よりも多くのものを知って欲しいと思う。

 世間体や常識、確定申告の方法まで、知識の幅を広げて欲しい。

 私はそれらを知る気は更々無いが。

 

 

 最近、大学の図書館に行くと就活生をよく目にする。

 自分より一個ほどしか年の変わらない人たちが就活をしているのを見ると、「いよいよか」という気がしてくる。

 私は大学院受験をする予定なので、来年頃には高みの見物をしていることだろう。

 勉強が捗らなくて、そのうち低みの見物に変わるかもしれない。

 編入試験に不合格したトラウマが蘇る。

 

 就活生のツイッターを見ていると、自己分析だの、OJTだの、よく分からない単語が飛び交っている。

 皆が一様に黒髪に染め直し、スーツを着るという姿を見ていると、自己分析もクソも無いと思う。

 個性の尊重がただの建前であることが伺える。

 

 あまりに春休みが暇なので、自己分析とやらを自分もやって見ることにした。

 企業に学生を売り渡している悪徳サイト『リクナビで、自己分析の方法を調べてみた。

 「自己分析は、自分の仕事選びの軸を明確にするため、そして自分のことを他人にわかりやすく説明するために必要です」とあった。

 人は自分のことを実はあまりよくわかっていないので、就職を機に己を見つめなおし、言語化できるようにしましょう、ということらしい。

 

 さらに自己分析について調べていく。

 自己分析の一般的な方法は、これまでの人生のエピソードを振り返り、それらを深掘りしていくことらしい。

 エピソードで「なぜ」そうしたのか、などを突き詰めることによって、自分の価値観を見つめ直そうという寸法だ。

 ううむ、なかなか自己嫌悪に陥りそうな方法だ。

 私も試しにやってみよう。

 まだ比較的自分の人生の中でもマシである、動画作りを例にする。

 

 動画作りを頑張った。


 なぜ頑張れたのか。


 自分の作った動画に多くの再生数が付いたり、コメントで楽しんでいる人の数が直感的にわかったり、動画を作る過程で自分が新しい知識を得るのが面白かったから。


 なぜそれらが面白かったのか。


 新しい物事を知ったり、作り出すのが好きだったし、誰かにそれが評価されるのが嬉しかったから。


 なぜ知ることや物事の創出が好きで、評価されることが嬉しいのか。


 数少ない人が知っている物事を自分が知っているという優越感や、新しいものが作り出され、それがより多くの人に広まる過程に参加することが好きであり、その結果さらに多くの人が自分たちに携わったものにポジティブに触れているのを見るのが楽しいから。

 

 ……エクセトラ、エクセトラ。

 

 実際自己分析をやって見ると、これは案外タメになる。

 自分の興味を具体的に言語化することは結構面白い。

 自分のあまり自覚していなかった部分を知ることができて興味深い。

 今回は比較的肯定的なな内容だったから良かったものの、自己分析がネガティブになろうものなら、それなりに精神的なダメージを食らうだろう。

 果たして現在、どれほどの就活生が自己分析で心に傷を負っているのだろうか。

 毎年、就活で病んでいる大勢の人を見ていると、就活が精神にあまり良くないということは想像に難くない。

 

 自分を知るということは痛みを伴うことだ。

 しかし、自分はいつも変化するので、完全に自己を知ることはできない。

 改めて、自分というのは遠い存在だと思った。

 

 普段に似つかわしく、真面目にブログを書き終えてしまった。

 私も卒論や大学院試験に向けて自分の興味関心を固めなければ。

 自己分析、結構オススメですよ。