きんこんぶろぐ

大学生の私が日々思うことを綴っていくブログ

極彩魔法の劣等生 第114514話

5/10 曇りのち晴れ

 

「だからモテないんだよ、お前は」

 

 目の前の金髪の男、ヤリ・チンは言った。

 

「自分の欠点を認めながらもそれを直そうともしねえ。そんなお前を恋愛対象にしてくれる女なんて、いるわけねえだろうが」

 

 「馬鹿が」と言葉尻に付け加えて、彼は吐き捨てるように言った。

 

 全くの正論だ。

 

 しかし、と私は思った。

 

「——とうに分かっているんだよ、そんなことは」

 

 私が反論すると、ヤリ・チンは眉を顰めて、視線をこちらへと向けた。

 敵意のこもった、獣の目だ。

 

「私はデリカシーがない、気遣いもできなければ顔も良くない」

 

 その通りだ、と言わんばかりに、ヤリ・チンは鼻で笑った。

 

「……でも、そんな私だからこそ、今ここに立っている」

 

 爪が食い込む程強く拳を握りしめ、私はヤリ・チンを睨みつけた。

 

「私は、自分の悪いところも受け入れていきたい!」

 

 一瞬の沈黙。

 

 ヤリ・チンの眼が鉛色に光ったような気がした。

 身震いするほどの殺意を感じ、背筋が凍る。

 

「——だから気に入らねんだよ、お前は」

 

 色欲槍『アスモデウス』。

 

 彼の手に桃色の粒子がどこからともなく集まっていき、やがてそれは槍を形成した。

 先端には羊の頭の意匠が彫り込まれたその槍は、禍々しく黒光りしている。

 

「元々、こういうディベートみたいなのは性に合わないんだよ」

 

 槍を背後に構え、ヤリ・チンは上半身を屈めた。

 完全に彼は戦いの準備ができている。

 

 だが、まだ焦らなくていい。

 彼の一物はリーチがあるが、ここまでは届かない。

 

 もはや争いは避けられないと察した私は、魔法陣を錬成する準備に取り掛かった。

 

 前方では彼が挑発を続けている。

 乗せられるな、と自分に言い聞かし、静かに魔力を掌に練りこんでいく。

 

「さあ、やりあおうぜェ!」

 

 ヤリ・チンが駆け出し、私は前方に魔法陣を展開した。

 

 

 

 戦いが始まってからというものの、戦況は膠着状態が続いている。

 

 ヤリ・チンは転生者である。

 転生者はそれぞれが特殊能力『ギフト』を持っている。

 ヤリ・チンもその例に漏れず、ギフトを駆使した戦いを展開してきた。

 

「ハハハハハハ!」

 

 けたたましく笑いながら、彼は強烈な刺突を連続で繰り出してきた。

 それを私は冷静にテレポートで回避する。

 

 が、その直後。

 

「グッ……」

 

 鋭い痛みが脇腹を襲う。

 

 保険として常に防護魔法を自分に仕掛けておいたおかげでダメージは軽減できたが、それでも殺しきれなかった威力が体の奥に響く。

 痛みのあまり、呼吸が浅くなる。

 

「どうだ? 俺の『ギフト』の味は?」

 

 軽く槍を前方に突き出してから、ヤリ・チンはおどけたように言った。

 

 なるほど、なんとなく相手の『ギフト』が掴めてきた。

 

 おそらく、ヤリ・チンの『ギフト』は攻撃の早出しだ。

 これまでの戦いでも虚空に向かって槍を出すような仕草をしていたことを、私は思い出した。

 

 早出しした攻撃の回収動作を行わないと、何かリスクがあるのだろう。

 

「お前と同じで下品な味だ、クソ不味い。」

 

 ヤリ・チンに向かって私はこう言い放ってから、魔法で傷を治した。

 

 私とて転生者、『ギフト』持ちだ、まだ逆転のチャンスはある。

 

 私の『ギフト』は空間魔法、この世界で唯一無二の技能だ。

 

 基本的に、『ギフト』持ちは他の属性の魔法が使えない。

 先ほどの治癒魔法も、傷ついた細胞の空間を固定化することで、力づくで再現したものだ。

 

 荒療治でも、何もしないよりはマシだ。

 

「だったら味あわせてやるよ、俺の刺突のフルコースをなぁ!」

 

 私に休み暇を与えまいと、ヤリ・チンが再び『アスモデウス』を突いてくる。

 

 空間を固定して不可視の防御壁を作成し、それを迎え撃った。

 

 まだまだ戦いは終わりそうにない。

 

 

 

 ヤリ・チンとの口火が切って落とされてから、どのくらいの時間が経っただろうか。

 

 もう攻撃を食らうまいと回避から防御に戦法を変えた私と、絶え間なく攻撃を繰り出してくるヤリ・チンとの攻防は長時間に及んでいる。

 

 自分の体を近距離テレポートさせるより、空間を固定する防御の方が魔力の消費が激しい。

 

 腹の奥から来る嘔吐感を、私は感じ始めていた。

 魔力切れの典型的な症状だ。

 

 一方のヤリ・チンにも、疲れの色が見え始めていた。

 

 突きのキレは先ほどとは一目瞭然である。

 それでも、私に反撃の隙を与えまいと、彼は驚異的なスタミナで刺突の連撃を維持している。

 

 私の魔力が完全に切れるか。

 彼が疲れ果てるか。

 

 私の限界が、おそらく先だ。

 

 こうしている間にも嘔吐感はますます強くなってくる。

 時間がない。

 

 その刹那、固体化された空間に阻まれ、ヤリ・チンの黒槍が大きく跳ね上がった。

 それを私は、見逃さなかった。

 

 空間を球状に変化させ、彼の手元に高速で投げつける。

 

 槍を再び構えようとしたヤリ・チンの手に空間球は激突し、黒槍が遠くへと弾き飛ばされる。

 

 自然に彼の視点が飛ばされた槍へと向かうのを見て、私は遥か彼方へテレポートする。

 

 逃走を謀った訳ではない。

 すぐさま、自分の中に現存する全ての魔力をヤリ・チンのいた場所へと注ぎ込んでいく。

 

 圧倒的な、徹底的な流れをもって、底抜けの青空に巨大な魔法陣が形作られていく。

 

「第八一〇式魔法陣『神の杖』、多重展開……!」

 

 数多に展開された魔法陣は極彩色に光り輝き、回転を始める。

 

 『神の杖』は最上部の魔法陣で固定化した膨大な空間を、下部のいくつもの魔法陣によって加速させ、地上に高速で落下させるものだ。

 

 その威力は、私の世界で『戦略兵器』と呼ばれていたものに匹敵する。

 

「——いっけぇえええええ!!」

 

 号哭とともに、私は腕を振り落とす。

 

 それと同時に、魔法陣は一際光を放ち、遅れて爆音が轟いた。

 

 暴力的なまでの衝撃波が、満身創痍の体を襲う。

 もはや、それから身を守るほどの魔力すら、残っていなかった。

 

 半ば倒れるように地面に伏せ、衝撃波や暴風をやり過ごす。

 

 音が止み、全てが過ぎ去った後は、静寂がやってきた。

 

 臓器からせり上がってくるものを何とか堪え、私は立ち上がる。

 

 周りを見渡したが、ヤリ・チンの気配はまるで感じない。

 砂煙が彼のいたところから天上まで昇っていた。

 

「やったか……?」

 

 私は安堵した。

 

 その瞬間。

 

「ンッハァッハァ!」

 

 狂ったような笑い声が聞こえたと思ったら、私の体はガクンと力が入らなくなった。

 

 痛みの元に目を向けると、漆黒の槍が流れる血を受けて、てらてらと輝いていた。

 

 そこでようやく、槍が腹を貫通していることに、私は気がついた。

 

「童貞卒業おめでとさん、って感じだなぁ」

 

 いや、これだと処女卒業か、とヤリ・チンは自分で言い直して、耳障りな笑い方をした。

 

「……な、なぜ生きている」

 

「俺の能力を見誤ったのがお前の敗因だ」

 

 ひとしきり笑ってから、彼は真面目な顔をした。

 

 今まさに命を奪おうとしている、そんな人間の表情だ。

 

「俺の能力は攻撃の早出しじゃない。『前借り』だ」

 

 『前借り』?

 私の体は限界に近く、頭がうまく回らない。

 

「身体能力や行動を未来の自分から『前借り』する。そうすることで現在の自分の能力をグッと上げるって感じだなぁ」

 

 これまでの攻撃の回収と思われる行動は能力の一部ということか。

 

「もちろん、リスクがない訳じゃない。一年分の身体能力を使って衝撃波から逃げて、ここまで辿り着いたってことだよ」

 

 馬鹿げてる、と私は思った。

 

 一年分の身体能力の『前借り』なんて、自殺行為に過ぎないじゃないか。

 

「寿命は縮まったが、俺はお前に勝負で勝った。俺の勝ちだ」

 

 そう言って、ヤリ・チンは目を瞑り、槍の先を私の首元に添えた。

 

 クソ、体が動かない。

 ここで私は終わりなのか?

 

 こんな、私の人格を侮辱し、下品で、金髪で、どうしようもない男に私は負けるのか?

 

 逆転策を探す、探す、探す。

 

 だが見つかるはずもなく、体は言うことを聞かない。

 

「終わりだ」

 

 ヤリ・チンは腕を振り上げ、勢いをつけて私の首に槍を突き刺した。

 

 

 はずだった。

 

「おっ、大丈夫か?」

 

 目をゆっくりと開けると、鮮血を噴き出すはずだった私の首は無事だった。

 

 そんな、この人が来てくれるなんて。

 

 自然に涙が溢れる。

 

「野獣先輩!」

 

「お待たせ」

 

 大声で先輩の名前を叫んだからか、風穴が空いたままの腹がかなり痛んだ。

 

「とりあえず、オイル塗ろっか」

 

 そんな私の様子に見かねて、先輩は私の腹に何か白いものを塗った。

 

 すると、みるみるうちに腹の傷がふさがり、痛みも引いていく。

 

「……助けかぁ。だが、一人増えたところで」

 

 ヤリ・チンは小さな声で何かを呟いた。

 

 途端、彼の全身に血管が浮かび上がる。

 

 どくどくと、血が全身を巡り心臓が脈打つ音がこちらまで聞こえてくる。

 

「俺の全力を見せてやるよ。『前借り』10年分だァ!」

 

 見違えるほどの殺意をヤリ・チンは滾らせ、こちらを見据えた。

 

 経験したことのないほど強力な相手に、無意識に体が後退する。

 

 でも、と私は思う。

 

 隣には信頼できる先輩がいる。

 

 先輩の目を見ると、視線に気づいた先輩は軽く微笑んだ。

 

 先輩となら、どこまでも行ける。

 根拠はないけど、そう思えた。

 

「ヤリ・チン、私はお前に勝つ!」

 

「行きますよ、行きますよ、行く行く!」

 

 私が魔法陣を展開し、先輩が迫真空手の構えをとる。

 

 相対するは最強の敵。

 

 さぁ、勝負だ。