きんこんぶろぐ

大学生の私が日々思うことを綴っていくブログ

根っこ

5/23 雨

 

 関学と日大のイザコザが連日放送されている。

 そろそろ、死人が出そうだ。

 

 私は基本的に人間の集団や組織がどれも嫌いだし、それらに対して平気で裏切るような人間なので、選手やコーチにどれほどの集団内からの圧力がかかったのか、あまりわからない。

 

 おそらく、日大アメフト部は解体されるだろう。

 日大フェニックス、名前と反した末路を迎えるのは、あまりにも皮肉である。

 

 

 私が高校生の頃、嫌いな立命館大の学生がいた。

 

 私が初めて彼女を目にしたのは、テレビ番組か何かだった。

 番組によると、彼女はガンで余命三ヶ月だという。

 

 番組の最初、私は彼女に同情していたが、その次の場面で私の彼女を見る目はぐるりと変わった。

 そこには、「残り少ない命で、毎日を始めてのことだらけの楽しい一日にしていく」と笑顔で語る彼女の姿が映し出されていた。

 

 カットが切り替わり、彼女は人生初のバンジージャンプに挑戦していた。

 それを見て、なんだか私はむかっ腹が立ってきた。

 真に意味のあることはバンジージャンプじゃなく、日々楽しさを求めて刹那的に生きるのでもなく、残りの時間をフルに使って、何ができるのか考えることだと、当時の私はそう思った。

 

 私はその後も、彼女の姿を時々テレビで見かけた。

 がん保険のコマーシャルで、人気のアイドルと笑顔で話す様子が、連日のようにディスプレイに映された。

 それを見るたび、私はなんだかやるせなくなった。

 

 現在の私が余命三ヶ月になったとしても何もできないので、もはや彼女を責めることはできない。

 せいぜい変な動画を作るか、変なブログ記事を書くかである。

 生産性がない。

 

 

 今日、通学中に何となく気になって、彼女のことをインターネットで調べた。

 最近は彼女はテレビに出ていなかったし、安否がわからなかったからだ。

 単なる好奇心で、彼女について調べた。

 

 名前は知らなかったが、簡単なキーワードを入れて検索すると、すぐに彼女の名前は検索結果に出てきた。

 がん保険のサイトでは、今年の最初に結婚したということが記されていた。

 余命三ヶ月とは何だったのか、と思った。

 だが、恋愛結婚は刹那的な生き方では叶わないことだ。

 幸せそうな彼女と新郎の写真を見て、少しだけ気分が晴れた。

 

 調べを進めていくうちに、彼女のブログを見つけた。

 何のためらいもなく、私はそのブログをクリックした。

 

 瞬間、そこにあったのは、彼女が亡くなったという旨の文章だった。

 

 三月の末に、彼女は亡くなっていた。

 すっかり好奇心が消え失せてしまって、彼女の母親の悲痛な文章を読んだ後、私は静かにブラウザを閉じた。

 

 

 かくいう私自身は、生粋のネクロフォビアである。

 日頃から、死の影に怯えながら日常を過ごしている。

 

 授業期間中は何てことはないのだが、長期休暇になると、死に対する反復思考が止まらなくなる。

 さながら、希死念慮の存在しないうつ病である。

 ただ辛いだけだ。

 

 死ぬのが怖すぎるあまり、私は電車の一両目や、飛行機に乗ることを極限まで避ける。

 親と車で買い物に行く時も、黙って一番事故の際に生存率の高い運転席の後ろの席に座る。

 ジェットコースターも高所も怖い。

 

 死の何が怖いのかというと、自我の永続が絶たれるというのが一番怖い。

 意識が途絶し、体は消滅し、誰も彼もにも忘れられ、何も無くなってしまう。

 それが怖い。

 

 

 死ぬのが怖くないという人は少数派だと思う。

 それと同時に、日々自分が死ぬことを恐れて生きている人というのも、少ないと思う。

 後者に当てはまる人間は、今のところは中島義道ホリエモンしか知らない。

 ホリエモンと自分が同じというのは、癪である。

 

 立命館大の彼女も、ガンになる前は世の中の大多数と同じように、自分の死について無頓着な人間だっただろう。

 自分の余命が少ないと知った時には、想像を絶する苦しみがあったに違いない。

 だが、生きるということの尊さや喜びを見つめ直し、再び希望を得た。

 

 一方の私は、人生の惨めさと快楽と不快さをニチャニチャと噛み続ける毎日である。

 

 彼女のブログには、何のコメントも付いていなかった。

 彼女の訃報にすぐにたどり着くことができないほど、彼女の死は結婚に比べて矮小に扱われていた。

 

 生きる喜びを取り戻した彼女の近くにいたはずの多くの人々は、どこに行ってしまったのだろうか。

 私は思い出したが、昔彼女の姿をCMで見たはずの人たちは、とっくに彼女の存在を忘れてしまっただろう。

 彼女の生きた痕跡は、あと半世紀もすれば消え去ってしまうのだろうか。

 

 それと同様の事態は、私たちにも起こりうる。

 死んで、消えて、忘れ去られる。

 

 

 小学生の頃、『世界一受けたい授業』という今も続く人気番組で、「死」という漢字に付いての軽い考察が紹介されていた。

 「生」と「死」という漢字を上下にくっつけると、一本の樹の形になるというのである。

 

 それに少し感銘を受けた私は、早速この二つの漢字をくっつけて書いてみた。

 確かに、樹に見えないこともない。

 

 だが、「死」はともかく、「生」を空に伸びる枝として見るには、あまりにも形が歪過ぎて、何だか私は笑ってしまった。

 

 彼女の死は、誰かの歪な生を支える根っこになれたのだろうか。

 

 少なくとも、私は彼女のことを忘れない。

 せめて、存在を記憶していくというのが、赤の他人の私が彼女にできる精一杯の手向けである。

 

 彼女の生きた時間は、今の私にほんの少しだけ、生きる力を与えてくれている。

 

 ちょっとの間、息を吸って吐いて、私は梅田の雑踏へと足を踏み入れた。

 多くの人生が跋扈するこの世界で、私の生や死は誰かの力になれるのだろうか。

 

 

 

 「死」と「酒」については、私はこのブログに書かないつもりでいた。

 

 死は極めてプライベートな自称だし、反対に酒は極めて社会的な事象である。

 私はそのどちらも嫌いで、そしてそれについて語ることは間違いなく誰かを不快にする、と考えたからだ。

 

 だが、彼女が亡くなったことを今日知って、私の死生観について書かずにはいられなかった。

 完全に自己中心的な行動だとは分かっているが、そうせざるを得なかった。

 

 死の概念事態はここ近年でめくるめく変わっている。

 脳死の倫理的問題が解決していないのに、新たな生命に関する問題が噴出している。

 

 また、技術の発展によって不老不死が絵空事では無くなってきた。

 だが、この先のことはわからない。

 だから、何も断言することはできない。

 一人の未熟な学生が未来予測をしたところで、それが一体何になろうか。

 

 そもそも心理学と不老不死は何の関係もない。

 インタビューで満面の笑みで「不老不死の研究がしたい」と語っていた京大生に、私の空想は託すことにしよう。

 

 私が死生観についてブログで語るのはこれが最後になるはずだ。

 私はこれからも死を恐れて生きていくだろうし、それは本当に死が訪れるその日まで続くのかもしれない。

 

 だが、人生は長い。

 時間はあるなら、よりベターな方へと私は進んで生きたい。

 

 死について考えることは無意味でも、考え続けること自体には意味があると、私は思う。

 考え続けた時間は私の思考となり、誰かの死を悲しむ人や、苦しむ人の力になれるはずだ。

 

 私はこれからも、死について考えていく。