きんこんぶろぐ

大学生の私が日々思うことを綴っていくブログ

アニュアル・ビーズ

5/30 雨

 

 最近、あまり心身ともに休めていなかったので、くたびれるほど遠い学校には今日は行かず、梅田で好きなことをしている。

 

 授業がないと、体が嘘のように軽い。

 今ならなんでもできそうだ。

 そのくらい、今日はリフレッシュできた。

 5000円もする電動歯ブラシを買ったり、美味しいうどんを食べたり、久々に最高の気分だ。

 

 この日記を書き終わった後は、喫茶店にでも訪れてRの勉強をしよう。

 

 

 私が自分の日記をブログで公開している影響か、周りにもブログを始める人が増えてきた。

 私は人の書いた文章を読むのが好きなので、そういう人たちが増えるのはいいことだ。

 

 だが、彼らはたいていの場合、ブログの更新が三日坊主になってしまう。

 悲しい。

 

 彼ら曰く、「文章を書くのがしんどい、ブログに書くほどの話題が自分の中から湧いてこない、オチが思いつかない」らしい。

 

 その気持ちは心底理解できる。

 私の場合、今月は調子が良かったので、普段よりブログを更新することができた。

 しかし、文章を書く体力が無く、話題も思いつかないほどひどい精神状態の時は、ブログをまともに更新することができない。

 それに、オチが思いつかず、投げやりな結論になってしまった記事もすでに多く存在する。

 

 それでもなお、私がブログを書き続けている理由は、

『どこかに自分の考えを書いておかないと、思考が無限ループするし、次第にそれが腐っていく』

 からである。

 

 

 当たり前だが、世の中には無限に等しい情報が存在する。

 

 情報というのは、高層ビル、誰かの人間関係、学問の知識、くだらないニュースのような、私たちが日常的に感覚器官を経て認知する全ての事柄のことだ。

 それらのほとんどに無関心のまま、私たちは生活している。

 

 その無関心になるべき事柄に、人よりも少しだけ興味を持って見ることから、文章を書くという行為は始まる。

 身の回りのあれこれに興味を抱いているので、私は日頃から何かについて考え続けてしまう。

 このブログは、その思考のほんの一部分を書き留めている場所でもある。

 

 何かを考え、書き留めるという習慣自体は、私が高校二年生の頃から続けていることだ。

 そうすることで、自分の考えの変遷が知れるし、読み返すことで過去の自分に対して反論することができる。

 これが結構気持ちいい。

 自分を相手にマウントを取るのは、自己満足でしかないが楽しいことだ。

 

 

 では、日頃考えていることを、どのように文章に起こせばいいのだろうか。

 

 一日中ぼーっとしている人というのは、ほとんどいないはずである。

 誰もがブログを書くことのできる素質があると、個人的には思っている。

 何かについて考えている人なら、誰でもブログを書くことができる。

 

 

 自分の思考を書き起こすという行為は、ビーズを使って細工することと似ている。

 

 まずは、自分が書きたい事柄を選ぶ。

 ファッションでも、ラップバトルでも、恋愛でも、おっぱいでも、なんでもいい。

 

 例えば、「おっぱい」というビーズをそっと引き上げてやると、糸で結ばれたいくつものビーズが同時に浮かび上がる。

 

 「四足歩行から二足歩行に人の移動方法が変化するに従って、尻からおっぱいに私たちの性的嗜好は変化したのでは」というビーズ。

 「豊穣の祈りを人々から受ける神はだいたい女神であり、巨乳」というビーズ。

 「遺伝子に乳がんになりやすい傾向が見られたなら、乳がんに一度なった人はもう片方の乳房を切り落とすことが最優先の予防法になる」というビーズ。

 

 様々な浮かび上がった情報のビーズから、自分の主張したいことの素材になるビーズを引きちぎり、自分の思うがままに繋げていく。

 

 この作業を小一時間継続することで、ようやくビーズ細工、つまりはブログが完成する。

 

 この作業は結構難しい。

 ブログを書き始めた時、私はこの作業がてんでダメだった(ついでに、私が最初に書いたブログ記事はおっぱいについてである)。

 

 そこを諦めずに、何かのビーズをかき集め、継ぎ接ぎながらもなんとか形にする、という作業を繰り返すことで、ようやくまともな作品が作れるようになる。

 

 

 毎日ビーズを引き上げるたび、私は世界の広さを知る。

 

 私たちが忌み嫌う下ネタや、気持ち悪い生き物たちにも、確かに歴史があり、私たちの生活に息づいているのだと実感することができるようになる。

 そのうち、世界が一つのビーズ細工であることを知る。

 

 私達はみな、繋がっている。

 それに気づくことで、思考は広がっていく。

 

 

 今日はブログを書くということについて、ブログを書いた。

 

 今日のブログ内容を一言で表すなら『メタ・ブログ』、だろうか。

 この記事もまた、「ブログを書く際に、自分の思考を文字に起こす方法」というビーズを「今日という一日」だったり、「ビーズ細工」などのビーズと一緒に強引に繋げたものに過ぎない。

 

 過去と未来、自然と人工、科学と文化。

 一見対立しているものでも、無理やり話の筋を通してやることで、意外な共通点が見えてきたりする。

 

 それもまた好きだから、私はブログを書き続けているのかもしれない。

 

 このブログを読んでまた、誰かがこの果てしないビーズ細工に挑戦してくれることを願う。

 

 これマジ? ブログの途中に比べてオチが貧弱すぎるだろ。