7/24 晴れ
猛暑、猛暑、猛暑。
ひたすらに暑い。
「やずや」のCMですら二回なのに、暑すぎて三回も言ってしまった。
とても人間が活動できる温度ではない。
明日も引きこもって趣味などに没頭しよう。
VR空間で体を動かせるようになったり、外国人と国際交流したり、進捗のあるような進捗のないような毎日が続いている。
大学三年生の夏、平成最後の夏、これでいいのか。
最近、ずっと継続して明晰夢を見るためのトレーニングを続けている。
が、普通の夢しか見ない。
夢を見る頻度は、確かに増えた気がする。
成長が見込めるだけ、これらの修業は無駄ではなかったということだろう。
そうやって自分を慰めながら、夏休みの日々を過ごしている。
具体的には、右手を時折眺めては「これは現実だ」と心の中で唱えたり、といったことをしている。
これにより、夢の中でも自我を保つことができるようになるらしい。
とくといった根拠は無さそうであるが、やらないよりはマシだと思って、こういったことをしている。
改めて文字に起こすと、私のしていることはなかなかに気が触れている。
気が触れているのは、明晰夢に限った話ではなさそうだが。
そんなことをしているうちに、小中学校で何回か一緒のクラスになったことのあるAさん、という女子が夢に出た。
Aさんは正直に言って不登校気質であり、学校に来ることが少なかった。
確か、出席日数も半分程度だった気がする。
いじめを受けている、といった様子は見られなかったが、あまり学校に来ない、おとなしめの性格をした女子であった。
彼女がなぜ不登校気質だったのかは、今でも分からない。
成人式にもAさんはいなかった。
来ていたとしても、私と彼女はそれほど話したことがなかったので、会話はしなかっただろう。
それでも、Aさんを今でも私が憶えているのは、好奇の眼差しを彼女に向けていたから、といった感じだろうか。
それは、後述する出来事がきっかけだった。
肝心の夢の内容は以下の通りである。
気が付くと、私は廃墟のビルの中にいた。
何とか脱出しようとするが、なかなか出口は見つからない。
どうやら空間が乱れているらしく、階段を降りると階が幾つも上がり、階段を上ると一階下に降りている、ということがしょっちゅうあった。
ビルの廊下には、半透明の人々が上半身を生気なく揺らしながら、佇んでいた。
「幽霊だ」と直感的に思った私は、それらに近づかずビルの中を延々と彷徨い歩いた。
そんなことを続けて、やがて疲れ果てた私は、壁にもたれかかった。
ふと横を見ると、遠くに見覚えのある少女の姿が見えた。
それは、紛れもなくAさんであった。
姿かたちは中学生の頃と同じであり、彼女もまた半透明であった。
私は自分一人が生者である孤独感からか、思わずAさんに話しかけた。
彼女は、はじめ私を見た時は怪訝そうにしていたが、名前を出すとありがたいことに私を思い出してくれた。
どうしてここにいるのか、なぜ体が透けているのかを尋ねると、彼女は意識をどこかに置いてきたような、呆けたような顔をしながら言った。
「ここは忘れられた人が集まる場所。生死に関わらず、忘れられた人はここに辿り着く」と。
失礼なことだが、見るからに顔色が悪いので、もしやもう既に亡くなってしまったのでは、と考えた私は、忌憚せずにそのことを聞いた。
「生きている時に大丈夫な場合と大丈夫じゃない場合があるように、死んでいる時でも大丈夫な場合と、大丈夫じゃない場合がある。私はどちらかはともかく、大丈夫な方」と、Aさんは言った。
大丈夫、ならいいか、と私はやけに素直に納得してしまった。
彼女は廃ビルからの脱出経路を知っているというので一緒に出よう、と言うと「あと何人かに思い出してもらえないと、私はここから出ることができない」と悲しそうな顔で俯いた。
私が彼女を思い出したことで、体に血色がこれでも少しは戻った方らしい。
そういえば、彼女はもともと顔色が悪かったな、と無礼なことを私は考えた。
彼女は「ここから4階上った後、踊り場で一回転、それから―――」と、ゲームの裏技のような、なんだかレジアイスに会えそうな脱出方法を教えてくれた。
Aさんに礼を言い、ここから出られると良いね、と言葉を投げかけて、私はその場を去った。
以上が夢の内容である。
言わずもがな、彼女はかなり高い可能性で生きているだろうし、おそらく大丈夫な方の生活を送っていることだろう。
むしろ、そうであってほしい。
私の夢に登場した人たちは、彼女のみならず、高い確率でたいへん失礼な役柄に回されたり、夢の中の私にひどい目に合わされたりする。
率直にごめんなさい。
小学五年生の頃、校外学習があった。
この校外学習には私はもちろん、Aさんも参加していた。
校外学習の帰り道、だらだらと寄り道をしながら帰路についていた私の背後から、興奮した様子で担任の壮年の女教師と、Aさんがやってきた。
彼女たちが私に言うには、「幽霊を見た」らしい。
彼女らは道に迷っており困っていたところ、美麗な少年がやってきて、出口まで案内してくれたという。
少年にお礼を言おうと二人が少年のほうを見ると、いつしか彼は音もなく消えていた、らしい。
こんな夏の暑い日の、さらに昼下がりのまだ明るい時間に、幽霊なんかでるものか。
そもそも、どんな時間でも幽霊は出るはずがない。
ねじ曲がった性格のガキだった私は、そのようなことを思いながら適当にその話を聞き流していた。
それでも、Aさんのめったに見ない高揚した表情は、今でも鮮明に思い出すことができる。
日頃のどこか儚げな表情との違いが、とても印象的であった。
このことをきっかけに、私はAさんに興味を持つようになった。
結局、そのまま会話をあまりしないまま、私とAさんは中学校を卒業してしまった。
その後の彼女の動向は、全く知らないままである。
このブログを読んでいる中学の同級生は少なく、しかもここに書いたのはイニシャルだけなので、皆が思い出すのは困難かもしれない。
このままでは、夢の中の彼女は今でもビルに閉じ込められたままであろう。
明晰夢を体得し、彼女と再び会ってみたい。
退屈な夏休みにはちょうどいい刺激だ。
今度は、私もビルから出ることができなくなるかもしれない。
それもまた、一興である。
なにより、夏の夜に少し不思議な話はよく似合う。