きんこんぶろぐ

大学生の私が日々思うことを綴っていくブログ

幼女の神様

8/14

 

  頑張ることに存外疲れてしまった夏。

 

 お盆になると、毎年のようにやる気がなくなってしまう。

 バーチャル世界に入り浸る計画のみが順調に進み、リアルが置き去りになっている。

 

 明日にでも外出して、気分転換しようと思う。

 京都に行って、あてもなくさ迷い歩くのも良いかもしれない。

 

 暑さにさえ耐えれば、あそこは楽しい場所だ。

 何の意味も無いと知っていながら、神社に参拝するのも退屈しのぎには最適だろう。

 

 

 高校生の頃、私は本気で神秘を探しに行こうとしていた。

 ループする毎日を男子校で垂れ流し、退屈に完全に精神をやられてしまっていた頃の話である。

 

 そのきっかけは、まとめサイト「神社でお百度参りして幼女の神様が見えるようになった」という記事を見たことだった。

 

himasoku.com

 

 この記事の内容をざっくり要約すると、奈良県天川村ニートの男性が、百度参りを3セット繰り返したら、千早の似合う幼女が見えるようになった、というものだ。

 

 この記事を見て、不思議な話とロリが大好物な私は、ひどく興奮した。

 必ず、かの幼女の神様を発見し、一言でも言葉を交わしたいと、不埒な情熱に駆られた。

 

 

 私はかつて、霊感のある子供であった。

 

 一か月に一度はそういうものが見えたし、それが「危ない」と感じていたから、周囲には言わないでいたまま、幼少期を過ごした。

 

 しかし、成長したある日、それらの「危ない」ものが、すべて錯視・錯覚の仕業であることに気が付いた。

 

 生気のない人影にこれまで見えていたものは、風に揺れる背高草であった。

 廃墟の窓からこちらを除く女の霊は、複雑に絡まりあった延長コードであった。

 実際は、何も危ないことはなかったのだ。

 

 このように十代を迎えて、私の生活からは神秘が急速に失われていった。

 「小さい頃は神様がいて」とは誰かが言ったが、そんなものは消え失せてしまった。

 

 そのような生活が続き、高校生になって読んだこの記事が、私の神秘に対する情熱を久しぶりにぶり返したのかもしれない。 

 

 

 天川村へ行こうと、あらゆるアクセスルートを私は探った。

 

 その結果、高校生にはあまりにも莫大な旅費と、半日近く片道の時間がかかることが明らかになった。

 外国より遠い場所、奈良県天川村

 

 天川村へ向かうのは諦め、もっと近い、神秘に触れ合える場所を探すことにした。

 

 その結果見つけたのが、旧生駒トンネルであった。

 

 旧生駒トンネルは東大阪市生駒市をかつて結んでいたトンネルであり、度重なる事故で百人近くが亡くなったいわくつきの場所である。

 日本トップクラスの心霊スポットの一つに数えられることも多い。

 

 私は、ここに行くことにした。

 

 

 大阪上本町から近鉄石切駅まで赴き、そこからは徒歩で旧生駒トンネルへと向かった。

 放課後、部活をサボり、目的地へと向かうことにした。

 

 携帯禁止の学校であったが、そのころから倫理観のねじ曲がっていた私は、当たり前のように持参していたスマートフォンの案内に従いながら、旧生駒トンネルへと向かっていた。

 

 長い山道を登りきると、旧生駒トンネルが見えた。

 

 周囲には監視カメラがいくつも配置されており、金網でできた柵で囲まれていたことから、侵入するのは不可能だと悟った。

 金網の合間からちらりと見えた旧生駒トンネルは入り口が分厚い鉄板で塞がれており、物々しい雰囲気を醸し出していた。

 

 期待外れの結末にがっかりしながら黄昏の街を歩いていると、黒バンが私の近くにやって来た。

 窓から顔をのぞかせたのは、金髪のリーゼントをしたテンプレヤンキーだった。

 

 彼に旧生駒トンネルの場所を突然尋ねられた私は、先ほど辿ってきた道を丁寧に教えた。

 礼を言ってから、テンプレヤンキーは去っていった。

 

 彼もまた、この後にがっかり感を味わうのだろうか。

 そんなことを考えながら、私は再び帰路に就いた。

 

 

 私が神秘を失ってから、十年がちょうど経つ。

 かれこれ、私は幼女の神様も、幽霊も見ていない。

 

 礼の記事を久しぶりに見返すと、「鳥居の形が男性の神のものであるから、幼女は神ではないのでは?」だったり、「スレ主は重度の統合失調症なのでは?」といった冷静なコメントが付いていた。

 神秘もへったくれもない。

 

 虚像の神秘を眺めて安寧に身を浸すか、真実を知ってそれでも神秘を求めるか。

 そのような二択を誰かに突き付けられたような気がした。

 どちらも選ばないのが、正解だろうか。