きんこんぶろぐ

大学生の私が日々思うことを綴っていくブログ

ばーちゃるゆーちゅーばーのいちにち

9/20 雨

 

 5時半。

 目が覚めてすぐ、自分のチャンネル登録者が増加したか確認する。

 今日は、寝ている間に4人増えていた。

 

 まどろみながらも、何処かの誰かのASMR動画を開き、再び眠りにつく。

 

 

 7時。

 再び目が覚める。

 二度寝してしまった1時間半の間に、何か幸せな夢を見たような気がするが、うまく思い出せなかった。

 

 リビングへ出て家族と朝の挨拶を交わした後、食パンと暖かいコーヒーを朝食にする。

 適度に焼けた食パンを齧りながらまとめサイトを見て、Vtuber関連の最新情報を確認する。

 

 Vtuberデビューしてから1週間は、自分のチャンネル登録者が伸びない現状と、最前線で活躍するVtuberを比較して、嫉妬に狂っていた。

 嫉妬心からくるストレスによって下痢になったりもしたが、それも今は収まった。

 

 人気のVtuberは近頃、インドネシア国家を歌ったり、よみうりランドとコラボしたりもしているらしい。

 前ほどではないにしろ、少しの悔しさを感じながら、少し冷めたコーヒーを啜った。

 

 

 8時。

 親が朝ドラを見ているうちに、動画に届いたコメントに返事をしたり、アナリティクスを確認する。

 デビューから動画の再生数が落ちていないこと、そして高評価が三桁ちょっとの再生数にしては多いことが幸いである。

 

 ついで、空いている時間で他のVtuberの最新動画を確認する。

 無編集で配信をただ垂れ流しただけの動画が数万再生もされているのを見て、少しへこむ。

 それと同時に、私も安心して配信できる環境を作らなければならないと思う。

 

 それがVtuberというコンテンツの、コミュニティが閉じていく現象に加担することに繋がるのでは? と自問自答し、自己嫌悪に陥る。

 

 個人でブームが冷めてきた頃に参入しても、ある程度の人気は獲得することができる。

 それを実現して、後続する誰かの灯になりたかった。

 

 そのような思いも、動画投稿を始めたきっかけの一つだったからだ。

 実際は、ひどい力不足という有様である。

 

 手段を選んでいる暇はない、という考えが日に日に強まっていく。

 

 

 9時。

 動画に用いるための素材作りをする。

 

 Vtuberの動画の作り方というのは人さまざまである。

 それは用いているソフトの仕様が各Vtuberで大きく違うことが要因だろう。

 

 一番高価なものでは、全身の細やかな動きを3Dモデルと対応させることができる。

 逆に安価なものでは、数千円のソフトで一枚の絵を動かすことによって、感情などを表現することができる。

 

 私の場合は「Vカツ」という3Dモデル作成ソフトでデザインしたモデルを、「VirtualCast」という、3Dモデルで生放送を行うことができるソフトをオフラインで使用して、Vtuberとしての動きを表現している。

 動画制作用として「VirtualCast」は拡張性に欠けるのだが、「Vカツ」が未だ「Unity」という開発ソフトに対応していないので、次善の策としてこの方法を用いている。

 

 VRヘッドセットを付けて、いざバーチャルの世界に潜り込む。

 といっても、録画用の仮想空間なので、地面も空もどこまでもグリーンバック、緑色である。

 

 仮想世界の鏡に自分の姿を写すと、Vtuberとしての私がそこにはいる。

 この鏡を録画することで、Vtuberとしての自分を表現することができる。

 

 身長は現実世界の私とほぼ同じだが、手は現実の私に比べて小さい。

 指の一本一本も、コントローラーの対応するボタンを押すことによって閉じることができる。

 

 何の気の迷いか、この小さな手で私は自分の胸を揉んでみた。

 

 男性モデルとして作ったはずの私の胸が、たゆんと揺れた。

 なんだか、強烈な虚無感に襲われた。

 

 あらかじめ録音、編集しておいた自分の音声を再生し、その音声に合わせて身体や表情を操作し、Vtuberとしての私の姿を録画し終えた。

 

 ここからは、現実世界での長い編集作業が始まる。

 むしろ現実世界での作業が、私のような声質に恵まれないVtuberにとっては本番である。

 

 

 12時。

 編集をしていると気が付けば昼になっていた。

 母の作ってくれた豚肉の炒め物とお味噌汁とご飯を食べる。

 おいしい。

 

 

 15時。

 編集に疲れたのでリフレッシュのため外出した。

 

 京阪電車淀屋橋、それから御堂筋線で梅田に向かい、ヨドバシカメラで最近断線したHDMIケーブルを買い替えた。

 ついでに、ヨドバシカメラでマイクなどを物色した。

 

 本当はゲーム実況用にキャプチャーボードも欲しいし、音質改善のために高性能なマイクも欲しい。

 だが資金が足りない。

 個人勢の辛いところである。

 

 その後天満橋まで赴き、ネットで調べた喫茶店に入った。

 

 間食がてら、チキンカレーとコーヒーのセットを頼む。

 チキンカレーは私好みの辛口のもので、とても美味しかった。

 

 コーヒーは、丁寧に小さな白磁のミルクピッチャーと砂糖入れが添えられて出てきた。

 経験則だが、市販のフレッシュミルクではなく、ミルクピッチャーが出てくる店は大体が当たりだ。

 

 コーヒーを飲みながら、次の一手を考えた。

 私はコーヒーを飲むとき、いつも考え事をしている気がする。

 

 とりあえず、空いているニッチの探索と、現在勢いのある新人Vtuberと自分の比較を行うことにした。

 

 人気のある誰かと、自分の比較をするのは辛い。

 

 三次元の現実世界のみならず、二次元の仮想世界でも、私は何者にもなれなかった。

 そのようなことを考えてしまうからだ。

 

 現実世界以上に、仮想世界では誰かから認識されることが求められる。

 誰かに認識されないと、Vtuberは存在できない。

 

 現実でも仮想でも、誰かの感情を揺さぶり続けることが、真に価値があると私が認められるものを、いつかは与えてくれると信じている。

 今現在の私は、大勢の無関心に囲まれるばかりである。

 

 未だ、私は名前のない市民Aのままである。

 少し中二病的だろうか。

 

 

 19時。

 家に着いて、軽く夕食を済ましてから、動画を投稿した。

 

 ツイッターでの反応は良好だが、それに反してYoutubeのリンクを踏んでくれる人は案外少ない。

 このギャップに耐え続けるのにも、精神力を使う。

 

 何度でも動画を見返してもらえるような、そのような面白いものを作らなければとは思うが、それが難しい。

 

 私を認識してくれる人が少ない以上、一度きりではなく、末永く私をコンテンツとして摂取してくれる人を増やすことが大切だと考えている。

 仲間を増やして立ち上がるのは、RPGでも何でも、最初にしなければならない重要なことだ。

 

 多くの人の目に触れることに少し怯みながら、今でも私は動画を投稿している。

 

 辞めたくなったら、バーチャル自殺でもして活動に幕を下ろすつもりだ。

 

 世界で初めて、バーチャルの存在として自死を選ぶ。

 そんな結末も良いかもしれない。

 

 何の連絡もなく失踪するより、キャラクターとしての明確な死を私は選ぶ。

 

 そうならないためには、今の私にできるベターな選択肢を取り続けるしかない。

 それは現実でもバーチャルでも同じことだ。

 

 

 21時。

 日記を書き始める。

 

 誰の目に触れるかは考えない。

 ただ無心にキーボードを叩く。

 

 ああ、私が求めているのはこういった活動なのかもしれない、と思いつつも、文章を打ち込んでいく。

 こんがらがったヒモを解きほぐすような、そんな充足感だ。

 

 これまでの私がそうだったように、5年後、10年後の私がこの記事を見て、「馬鹿なことやってんな」と笑えればそれでいい。

 その時の私も、今の私と同じように馬鹿なことをやっているはずだ。

 

 将来、バーチャルでの活動は終えているかもしれないし、そうでないかもしれない。

 それは誰にもわからない。

 

 明日からは新学期が始まる。

 大学生活も残り3/8だ。

 多いとも少ないとも取れる時間の長さ。

 一つ何かを達成するには十分だろうか。

 

 ただ、これまで以上に愉快なことがあれば、それでいい。

 できれば、何者かになれたという最高の事実と、万雷の拍手を。

 

 

 23時。

 そのような夢を見ながら、私は眠りにつく。