きんこんぶろぐ

大学生の私が日々思うことを綴っていくブログ

へそ曲がりセックスらんらんるー

9/30 雨

 

 読書したり、動画を作ったり、昼寝したり。

 好き勝手な毎日を送っている。

 

 「そろそろ大学院の試験勉強を始めなければ」と思うのだが、マルチタスクマルチタスクを重ねる形になるので、やる気がいまいち湧いてこない。

 

 動画への動機付けは高まっているので、大学院への勉強もかねて、心理学を簡潔に説明する動画を作ろうと思う。

 見る人に「心理学って面白い」と感じてもらえるようなものになれば良いのだが。

 

 動画を投稿する際、私はいつも自分と他人の「面白い」と思える感性のズレに怯えている。

 低評価が一つでも付こうものなら、自省の無限ループに突入し、感性のズレに憤怒し、周囲に下痢便をまき散らす。

 人からの評価に強い人間になりたいものだ。

 

 

 最近は自分の為すことの理由を真面目に考察するなど、身体に悪いことばかりしているので、たまにはバカなことでも考えようと思う。

 

 バカなこと、すなわち下ネタである。

 

 本当は下ネタで扱われる物事も人間存在の根幹に関わるものが多いのだが、私たちはそのようなことに目をつむってチンコチンコと虚空に向かって呟き続けている。

 

 まぁ、そのようなことはどうでもいい。

 近頃、童貞だとかチンコだとか、そういったことに対する関心が急速に弱まってきた。

 動画制作などに神経を削られているせいで、単にそちらへのコンプレックスが感じられなくなっているだけかもしれない。

 

 それでも、今の私はおっぱいの大きい小さいなどどうでもよくなりつつある。

 コペルニクスは巨乳好きであり、乳の丸さを見て、地球が球体であることや地動説を思いついたのでは、何てことを考える際にしか、おっぱいの大きさを気にかけないようになった。

 

 貧乳好きは地球を平面だときっと考えているのだろう。

 彼らの宇宙では、きっと未だに地球を無限に連なるカメたちが支えているのだ。

 

 それはきっと、巨乳好きの宇宙では地球が無限に連なる万有引力によって支えられているのと、ほとんど一緒のことだろう。

 

 

 人間にとって、物事はどこまでも相対的である。

 

 地動説であれ天動説であれ、すべては相対的な中心の置き換えでしかなかった。

 天動説では地球がかつては中心だったが、それが太陽へと移され、それが銀河の核へ、ビッグバンの爆心地へ、そして多元宇宙へと塗り替えられてきただけである。

 

 少しずつ、だが確実にたゆまぬ努力によって、絶対的なものへ中心の置き換えは進んでいるようだ。

 それでもなお、人間原理などの概念も生まれたりするので、結局世界の中心はどこなのかは未だに分からない。

 

 おっぱいへの好みでさえ、人間にとっては相対的なものだ。

 たゆんだおっぱいか、たゆまぬおっぱいか。

 

 私たちは時折、ペニーワイズに貧乳をオススメさせたり、巨乳をオススメさせたりする。

 さながらペニーワイズは色んなものをオススメしすぎて、解離性同一性障害を患っているように見える。

 殺人ピエロに相応しい末路である。

 

 絶対的で中心的なおっぱいを求めながら、どこまでも人間は堂々巡りの議論を続けている。

 さながら、私たちはおっぱいを中心に公転する星々のようだ。

 

 星と言っても、決して輝いてはいない。

 いちいちおっぱいの大きさにこだわるような人間は、宇宙ゴミで充分である。

 おっぱいの大きさにこだわりながら、大気圏突入時の摩擦で炎上する。

 

 摩擦熱であれツイッターであれ、炎上して初めて私たちは何者かになれるのかもしれない。

 

 

 適当に文章を叩ききこんでいたら、以上のような意味不明な怪文書が出来上がっていた。

 無益な知識と無駄なアナロジーに包まれた、贅肉だらけの文章である。

 

 かといってこれ以上書くことも見つからないので、ここらで質問箱に届いていたメッセージに答えておこうと思う。

 

 「これまで誰にも伝えていないエピソードを教えてください」と、質問箱には届いていた。

 

 私のエピソードトークは、童貞で性病になっただとか、ツイッターのフォロワーが一時期8万人いただとか、中学生のころ学校裏サイトを作っただとか、話を盛っているか、完全な嘘っぱちだと思われてしまうものばかりである。

 

 通っている大学に、私のエピソードを証明してくれる人が何人かいることが、それに対する救いになっている。

 いや、本当は全く救いになっていないのだが。

 

 まともな感性を持ち合わせている人なら、これらは人に公開したくない黒歴史なのであり、その過去を知る人が身近にいるというのは、目の上のたんこぶのようなものであるに違いない。

 私が本当に身に着けるべきものは黒歴史の証人なのではなく、それを大っぴらにしない羞恥心なのかもしれない。

 

 それはともかく、ここまで我慢強くこの文章を読んでくれた人のために、まだ誰にも公表していないエピソードをここらで語っておこう。

 前文で得た教訓を即座に破壊していくスタイル。

 

 

 私は中高生だった時、性欲の擬人化のような存在だった。

 さらに当時の私は、今の私と同様に、方向音痴のチャレンジャー精神と害悪でしかない行動力を兼ね備えていた。

 

 その帰結は、というと「どこまでエロくないものでナニーをすることができるのか」という発想だった。

 

 どんなものでも抜く男と絶対に抜けないもの。

 最高に汚い「ほこたて」が、人知れず始まろうとしていた。

 

 まず私が目を付けたのは、一般に異常性癖と呼ばれるものであった。

 ロリショタ機械単眼

 

 ここで正気に戻った。

 続きは現実世界で私と会ったらお話ししましょう。

 

 それでは、良い夜を。