きんこんぶろぐ

大学生の私が日々思うことを綴っていくブログ

なんか暗いねナハトムジーク

10/17 晴れ

 

 睡眠時間が9時間を超えるようになってきた。

 明らかにこれは疲れているサインだ。

 

 この疲れが身体的なものか、精神的なものなのかは分からないので、思考停止でぶらついていたら発見した喫茶店に入った。

 高層ビルに店を構える喫茶店であり、高いところが好きな私はすぐさま二階へと向かった。

 

 馬鹿と煙は高いところが好きという。

 私は馬鹿ではない。

 なので、私が煙なのは自明である。

 ただし、論理学的な小難しい話は考えないものとする。

 

 そして、いつも通り何の進捗も生み出せないまま、この日記を書いている。

 

 

 三日ほど前、iPhoneXSに買い替えた。

 だが、フリーSIMカードの設定が諸事情で終わっていないので、未だに外出先ではインターネット回線を使えずにいる。

 

 ネットサーファー歴が10年を超え、ツイッタラーでもある私から電波が奪われると、日常に穿ったような空白の時間が生まれてしまう。

 仕方なく、その埋め合わせにいつにもまして読書をしている。

 

 最近は本を読むと左目が痙攣してくるので辛い。

 視力と知識を等価交換している気分だ。

 

 

 インターネットが使えなくなって、もう一つ困ったことがある。

 それは、外出中に音楽が聴けないということだ。

 

 私はこれまで「SoundCloud」という、音楽制作が趣味の人たちが曲を投稿しているアプリを利用して、登校などの時に流したりしていた。

 それが、すっかり無くなってしまったのだ。

 

 全く奇妙なことだが、久々に音楽をBGMとすることなく一日を過ごしてみたら、めっきりテンションが下がってしまった。

 電車内で会話する女子高生の声が、虫の羽音と同じように耳障りだったし、学校への山道を登っている途中には、環境音の多さに圧倒させられてしまった。

 

 昔は、これほど音に敏感ではなかったはずである。

 いよいよ疲れが溜まっている。

 それを実感させられる出来事だった。

 

 

 私はたびたび、音楽に救われてきた。

 

 受験期、予備校の自習室に閉じこもって鬱屈としているときは、「夏影」や「you」、久石譲の「summer」といった、どこか爽快な夏を感じさせる曲をよく聴いたものだ。

 

 また、寝起きが辛いときはカードキャプターさくらの「プラチナ」を聴くことをルーティンにしていた。

 

 大学の春休みなど、本の読みすぎからか猛烈な孤独感に苛まれたときは、ラジオを付けながら眠りにつくことで、今もどこかで頑張っている人がいるという事実に励まされたりもした。

 ただし、運悪くflumpoolやback numberが流れてしまえば、恋愛ソングと自身の状況を比較してしまい、人知れず苦しんだ。

 

 

 音楽は人並みに好きだが、歌うことは好きでも嫌いでもない。

 お風呂で一人歌うのは好きだが、カラオケに行って、自身の音程が届かなかった瞬間は苦手だ。

 

 でも、別にカラオケが嫌いという訳ではない。

 

 魂のルフラン」を誰かが歌うとき、エヴァンゲリオン二号機が量産機をバッタバッタとなぎ倒していくシーンがひとたび映し出されたなら、歌よりもそっちの映像にみんなが釘付けになってしまう時なんかは、なかなかに趣深いものがある。

 

 そういう楽しみがある一方で、私は少し閉所恐怖症気質なので、カラオケの個室が狭いときは長時間居座っているとキツイ。

 そういうダウナーな気分の時に誰かが失恋ソングを歌えば、人生についてどっぷり考え込んでしまう。

 

 カラオケと私は、ちょっと複雑な関係である。

 

 

 その他にも、音MADを毎日視聴していたり、音ゲーマーだったり、音楽については語ることができるものが多いが、ここらで止めておく。

 

 音楽のない人生などもはや考えられない、というのは間違いない。

 ノーミュージック、ノーライフ。

 メンタルヘルス面でも娯楽面でも、音楽は役に立っている。

 

 ブルーハーツから米津玄師まで、今日も音楽に埋もれた夜を過ごそう。