きんこんぶろぐ

大学院生の私が日々思うことを綴っていくブログ

自身の研究と社会との接点を考える

6/17 晴れ


 実験したり、オープンキャンパスで高校生相手の相談を担当することになったり、いろいろ考え事をしたり。

 最近は生活が順調で、なかなか生きているのが楽しい。大学の長期休暇にも毎日図書館へ行って、孤独に読書を続けていた日々が浮かばれるというものだ。

 あの時期は本当に寂しかったが、死ぬほど本に向き合い、著者の論理と正々堂々格闘した時間は今に活きている。あれも青春の一つの形なのだろう。たぶん。

 


 院試の勉強を進めるにあたって、自身の研究テーマと社会との接点を考えることが多くなった。

 私の研究は「共感・互恵性に関する比較認知科学的研究」といった感じで、どちらかといえば基礎研究に近いものだ。

 「社会に役立つかとか関係なく、好きに研究すればよい」との意見もあるが、私は自分の研究が社会とどう繋がっているか理解することが大切だと考えている

 私は社会が嫌いなので、別に社会貢献のためとかではなく、単純に自身の研究と社会の繋がりを考えることが自分の利益になるからだ。利己的であることは利他的だ。生態学的に考えて。

 

 研究と社会の接点を考えた方がいい理由として、「研究そのものへの研究者以外と研究者の眼差しの違い」が第一に挙げられる。

 

 研究者以外の多くの人間は、「研究はみんなの利益にならないと意味がない」だとか「どういう風に研究が役立つか」といった視線を研究に向けている。

 大部分の研究費が税金から賄われているのは周知の事実だ。税金で研究が成り立っている以上、社会に成果を還元することは研究を行う上での責務の一つになり得る。

 また、記者が目新しい研究の会見で「この研究はどのように役立つのですか?」と尋ねるのは、別に研究者をいびっているのではなく、科学と市民を結ぶという役割ゆえであろう。恐らく、記者は研究者よりも、科学に向けられる市民からの厳しい眼差しを敏感に感じ取っている。

 そこに「研究は研究だから役に立つ」というトートロジーな答えを送るのでは、なかなか研究者以外を納得させるのは難しい。もっとも、丁寧な論理をもって研究の大切さを説いたとしても、納得してもらえるかどうかは別なのだが……

 

 これは「研究はしっかりとした手続きに基づいた信頼に足るものか」とか「研究はどういった新奇性のあるものか」等の、研究者が研究に向ける眼差しとは大きく異なる。でないと、研究者目線で「変な研究」が多額の研究費を貰ったりしない。マーケティングは科学的事実を時に超越する。研究と社会の接点を考えることは、こういった煩わしいことの対策にも結びつく。

 

 そう考えると、研究者コミュニティ以外の人間が、どのように研究を眺めているか・どのような研究を役に立つものだと考えているかを理解することは、言わずもがな研究をする上で多くのものを私にもたらしてくれるであろう。

 特に、実践と結びついている応用研究と違い、基礎研究ではますます社会との接点を考えることが研究者以外の人たちの理解を得る上で必要になってくる。

 


 ここいらで、院試の勉強も兼ねて、自分の研究と社会の接点を考えておく。

 こういう時、やはり現在進行形で多くの人が関心を持っていたり、悩んでいたりする問題と直接研究を結びつけることが大事なことに思われる。自分の研究テーマは“共感”なので、そこから考えてみることにする。

 以下、共感の定義については、Decety(2010)の「他者の感覚や情動を認識する能力」を採用する。臨床心理学のコンテクストで用いられがちな「共感的理解」とは区別されるものなので、注意されたし。


 共感が直接社会的課題に関わっている例でもっとも代表的なものは、間違いなく自閉症だろう。

 自閉症DSM-5に準拠すると、正式には自閉スペクトラム症)は、行動の反復や、こだわりの強さ、コミュニケーション・社会生活の上での困難や障害を特徴とする発達障害の一つだ(Lord, Elsabbagh, Baird, & Veenstra-Vanderweele, 2018)。

 有病率は人口の約0.5%程度だとされているが、日本自閉症協会によると、軽度も含めると日本国内では120万人も自閉症の人がいるとされている。全世界で見ると膨大な人数になることが容易に想像できる。

 自閉症の完全な治療は存在しないほか、先天的なものなのにもかかわらず「ワクチンを打つと自閉症になる」とデマが飛び交うなど、誤解の多い精神疾患でもある。なかなかしんどみが深い。

 

 自閉症傾向の人は、他者の視点を取得することが困難であることが多い。例えば、「サリーとアン課題」という有名なテストがある。

 このテストは、「サリーとアンという女の子が2人いました。サリーがお菓子がAの箱に入れてから何処かに行っている間に、アンがAの箱からBの箱にサリーのお菓子を移しました。さて、帰ってきたサリーはAとBのどちらの箱からお菓子を取り出そうとするでしょうか」というものだ(Baron-Cohen, Leslie, & Frith, 1985)。

 答えは言うまでもなくAの箱だが、定型発達やダウン症の子供ではそれぞれ85%・86%が正解できるのに対し、自閉症の子供は20%程度の正答率になってしまうことが先行研究より示されている。

 このような他者の視点取得は、共感能力の延長線上にあることが示唆されており(De Waal, 2007)、他者とのコミュニケーションの困難などを主症状とする自閉症の生きづらさに直接的に関わっている(傳田, 2017)。

 最近では、これらの共感・自閉症研究の知見に基づいて、共感や親和行動に作用すると考えられている神経伝達物質の一つである「オキシトシン」を用いた自閉症の治療も検討されている(Hollander et al, 2007; Yamasue et al, 2018など)。

 

 その他にも、犯罪と共感能力の関連が示唆されていたり(河野・岡本・近藤, 2013)、共感の社会に果たす役割は大きい。

 


 共感のメカニズムを解き明かすことは、自閉症の生きづらさや、その他の共感にまつわる諸問題に直接アプローチすることに繋がっている。

 特に動物を用いる比較認知科学的研究では、共感を司ると考えている脳部位のシナプス活動を促進したり、逆に阻害した際の行動の変容を計測することにより、複数個体の相互作用というマクロレベルから、個体の神経レベルや遺伝子発現といったミクロレベルまで、共感のメカニズムを調べることができる。

 これがなかなか面白い。社会で信奉されている「道徳」とやらを解体しているようでゾクゾクする。

 

 共感へのアプローチはこの他にも、チンパンジーといった社会性動物の群れでの行動(中でも慰め行動や利他的行動)を調べる動物行動学的研究や、「トロッコ問題」のような課題を用意し、様々な条件下での人間の反応時間等を計測する社会心理学的研究、共感を喚起するような動画を見せて、その間の脳活動をリアルタイムで記録する生理心理学的研究など、様々なものがある。

 いずれも基礎研究だが、共感というビッグテーマを理解する上で欠かせないものである。

 

 これらの研究は、社会に単に貢献するのみならず、「全市民にオキシトシンを定期的に投与することにより、犯罪率を下げることを是とするか」といったインパクトのある議論すら巻き起こすことができる。似た例では、すでに小児性犯罪者における化学的去勢がいくつかの国で行われていることが挙げられる(Meyer & Cole, 1997)。化学的去勢とは、テストステロンという男性ホルモンを抗ホルモン剤で抑制することにより、性的欲求を失わせる薬物療法の一種である。ポーランド、ロシア、エストニア、韓国、アメリカ・カリフォルニア州といった国々で実施されているが、人権的な面での批判も多い。

 おそらく、これらの議論は「自由意志」のような普遍的なテーマにも繋がってくるだろう。社会的な賛否が噴出すること間違いなしだ。こういったテーマは個人的にとてもやりがいがある。

 

 

 以上のように、研究と社会の接点を考えておくことは、研究費を取るだとかそういった打算的なこと抜きに、自分の世界に対する視点をより精緻なものにしてくれたりと、得るものが多い。

 院試を目指している人のみならず、大学の暇なうちにこのようなことについて考えることは、決して無駄ではないだろう。


 この日記を書くのに、院試勉強の時間を削ってしまった。本末転倒な気がする。

 まぁ、いい感じに自分の考えがまとまったとポジティブに捉えておく。それでは、良い研究ライフを。

 


参考文献
Baron-Cohen, S., Leslie, A. M., & Frith, U. (1985). Does the autistic child have a “theory of mind”?. Cognition, 21(1), 37-46.
Decety, J. (2010). The neurodevelopment of empathy in humans. Developmental neuroscience, 32(4), 257-267.
De Waal, F. B. (2007). The ‘Russian doll’model of empathy and imitation. On being moved: From mirror neurons to empathy, 35-48.
Hollander, E., Bartz, J., Chaplin, W., Phillips, A., Sumner, J., Soorya, L., ... & Wasserman, S. (2007). Oxytocin increases retention of social cognition in autism. Biological psychiatry, 61(4), 498-503.
河野荘子・岡本英生・近藤淳哉 (2013). 青年犯罪者の共感性の特性, 青年心理学研究, 25(1), 1-11.

Lord, C., Elsabbagh, M., Baird, G., & Veenstra-Vanderweele, J. (2018). Autism spectrum disorder. The Lancet.
Meyer III, W. J., & Cole, C. M. (1997). Physical and chemical castration of sex offenders: A review. Journal of Offender Rehabilitation, 25(3-4), 1-18.
傳田健三 (2017). 自閉症スペクトラム(ASD) の特性理解, 心身医学, 57(1), 19-26.
Yamasue, H., Okada, T., Munesue, T., Kuroda, M., Fujioka, T., Uno, Y., ... & Yoshimura, Y. (2018). Effect of intranasal oxytocin on the core social symptoms of autism spectrum disorder: a randomized clinical trial. Molecular psychiatry, 1.