きんこんぶろぐ

大学院生の私が日々思うことを綴っていくブログ

この世界はエロくない

5/8 曇り時々晴れ


 相変わらず自宅にこもる毎日だ。だが、大学のオンライン講義が始まって、心機一転といった感じである。

 あらかじめオンライン勉強会に参加していたので、Zoomといったビデオ会議アプリの扱いに慣れていたおかげか、違和感なくすんなりと講義を受けることができた。家の中で講義を受けてみるのもたまには悪くない。しかし、人に会うという目的で学部の頃は講義に行っていた側面もあるので、やはり一人は寂しいという気持ちもある。

 

 私は学部生の頃、とにかく講義に出たがらないような学生だった。特に1・2年生の頃は、出席点のあるものを出来るだけ避けて履修して、講義の時間には図書館に籠もっていることが多かった。

 我ながらダメな学生だと思うが、それが無ければ身についていなかった知識も多いだろう。その反面、歪な形で知識が身についてしまったという側面も否定できない。体系的に学びたいなら講義を受けるのが一番だと、反省半分悔しさ半分で思っている。

 


 今日は美少女が夢に出てきた。いかにもアニメ的な、燃えるような赤い髪と、静かな湖面に似た青い瞳を持つ美少女だった。彼女が料理した肉じゃがを前に一緒に食卓を囲むという、舞台設定自体は平和な夢だった。

 だが、一点だけおかしい所があった。美少女にすね毛が、ボーボーに生えていたのだ。それを見て、私はもうムチャクチャに興奮してしまった。美少女という清さと、すね毛ボーボーという汚さが同居していることにギャップ萌えしてしまった。

 私はその美少女にスネを撫でさせてもらえるよう執拗に頼み込んだ。すると、美少女はとても嫌そうな表情をしながら、スネを撫でることを許可してくれた。

 

 そこで、夢は終わった。結局、すね毛に触れることは叶わなかった。春眠、美少女のすね毛を知らず

 もしかしたらこの世界の方が、美少女のすね毛が見ている夢なのかもしれない。まさに胡蝶のすね毛。

 あと、肉じゃがは普通に美味しかった。

 


 私がこんな変な夢を見てしまったのは、一重に欲求が溜まってしまっているからだろう。特に、性欲がやばい。

 誰も表で言わないだけで、裏で欲求が溜まりすぎてとんでもないことになってしまっている人は相当数いるはずだ。表で性欲にまつわる話をすることは「キモいこと」なので、なかなか目に見えるところにこう言った事案が出てこないのだ。

 だが、昨今の自粛ムードで「キモいこと」になっている人は多いと、私は確信している。自粛だろうがなんだろうが、人は性欲含む己の欲望からは逃れられないからだ。テレビで笑顔を振りまくアイドルも、夕日が差し込む教室で机に肘をつきながら、浮かない表情で部活に励む生徒を眺める儚げな深窓の令嬢も、裏では「キモいこと」をしているだろう。だからこそ、世界は面白い。


 私の場合も、まあ欲求が溜まりすぎてヤバいことになっている。今日なんか、ゼスプリのキウイのCMの最後に「好きなことなら、きっと続けられるよ」とキウイのキャラが囁く部分で、ファフニールが反応すると同時に、「あぁ、私は研究が好きなはずなのに、最近はうまく継続できていないような気がする。私はダメなやつだ」という自己嫌悪に陥って感情がぐちゃぐちゃになってしまった。

 囁きというASMR要素と“ファフニール”が古典的条件づけされているのと、精神状態の悪化が重なってとんでもないことになった。助けてくれ(素)

 


 こんなひどい状況でなにも手につかないので、近頃は勤めて散歩をすることによって、メンタルリセットに努めている。散歩に行くと、「あぁ、この世界はエロくないんだ」と安心する。最近はその事実に涙まで出てきそうになることが増えた。

 表の世界には、エロいものなんて何一つない。こんなに素晴らしいことがあるだろうか。高校生の頃は「あーあ、どっかにエロいこと落ちてないかな」とひがな一日考えていたが、それはまったくの思い違いだった。世界はエロくないからこそ、私のような人間が生きていけるのだ。

 こうして、散歩によって私のメンタルは改善しつつあるのでした。ぬきたしぬきたし。


 以上のように、本当に最近は、ヤバい。
論文も1日に1本は精読しているのに、線形代数の勉強もしているのに、本もそこそこ読んでるのに、日に日に私は「キモいこと」になってきている。どうすんだこれ、本当に。