7/24 曇り時々晴れ 『亜人たち』
夏休み二日目。
毎日、一万文字以上パソコンに打ち込んでいるので、目と腰が痛い。人間の体はデスクワークをするために形作られてきたのではない!
しかし、ペンタブやクロスバイクを買いたいので、それを我慢しながらポチポチとキーボートを叩いている。
この調子でいけば、卒論を書く時期になっても、何の苦労もなく書けそうだ。むしろ、そこまで来たら作家を志したほうがいいのかもしれない。
私は人類史が好きだ。だが、世界史は好きでない。
人間の文明がどのような思想や政治体制に彩られてきたかを学ぶのが世界史であり、ヒトという生物の一種が、どのような生態の変遷を遂げてきたかを学ぶのが人類史だ。
心理学を学んでいる身としては、いうまでもなく人類史の方に興味が向く。文明を取り払ったヒトの姿は生々しく、そこには生物としての進化の過程で得てきた適応能力がまざまざと浮かび上がっている。
ヒト、と一言で言っても、人類史には様々なヒトが登場する。もちろんコロンブスだのガリレオだのといった人物ではなく、生物の一種としてのヒトである。
ホモ・サピエンスはもちろん、ホモ・ネアンデルターレンシス、ホモ・フローレシエンシスなど、その学名を挙げればキリがない。
中でも、私が好きなヒトの一種は、サピエンスを差し置いて、ホモ・エレクトゥスという種だ。
彼らは180万〜5万年前まで現存していた。かといって、現在のホモ・サピエンスの直系の子孫という訳でもない。ホモ・エレクトゥスはサピエンスとは全く違うように分化した、いわばサピエンスにとって従兄弟のような存在なのだ。
ホモ・エレクトゥスの特徴は何といっても、その強靭な肉体だ。有名な某火星ゴキブリ漫画のG達はホモ・エレクトゥスをモデルに描かれており、実際、彼らは現代人とは桁違いの筋力を誇っていた。もちろん、二足方向を獲得済みである。骨格をサピエンスと比べて見ても一目瞭然で、ホモ・エレクトゥスの方が、かなりガッチリしている。
それでいて、最初期の石器を作成したという、頭のなかなかキレる一面も持ち合わせている。強靭な肉体と高度な知能を兼ね備えた存在、それがホモ・エレクトゥスなのだ。
彼らはそのチート性能っぷりで、生息範囲をユーラシア大陸全土まで広げた。かの有名なジャワ原人や北京原人も、ホモ・エレクトゥスの仲間である。
また、生息域を拡大すると同時に、大昔に栄えていたモアなどの巨大な鳥類や、オオナマケモノといった哺乳類を駆逐していった。サピエンス以前に、巨大生物の絶滅を引き起こしていったのは、実はホモ・エレクトゥスだったのだ。彼らはユーラシア全域に分布した後も、180万年近くに渡って繁栄することになる。
しかし、彼らも時間の流れには敵わず、絶滅することになる。原因は未だ不明である。
だが、約9万年前に私たちホモ・サピエンスとホモ・エレクトゥスが出会っていたことは確実だ。「賢いヒト」であるサピエンスに知恵で劣ったホモ・エレクトゥスは、徐々にその数を減らしていったのかもしれない。
さて、私たちホモ・サピエンスが生まれてから、およそ25万年が経過している。サピエンスも、180万年存続したホモ・エレクトゥスからしてみればまだまだヒヨッコである。
ただ、彼らも現在のヒトと同じように、他の生物を絶滅させたり、当時の地球上で圧倒的な力を誇っていたことは間違いない。
現在、ホモ属の生物はホモ・サピエンスだけであり、本当にたった一種である。私は時々、他のホモ属も生き残っていたなら、世界はどのようになっていただろうかと夢想する。
サピエンス間の人種問題でさえ未解決なのに、果たして亜人たちが存在したなら、彼らとサピエンスは共存できていただろうか。
おそらく、無理だろう。
そう考えると、存在したかもしれない亜人たちに、何とも言えない感情が浮かんでくる。
サピエンスだけが生き残ったのは全くの偶然であり、エレクトゥスが消え去ったのも偶然の出来事である。
亜人たちから、現在のヒトがどのような生物なのか見直せるというのが人類学の醍醐味だ。
亜人たちに哀悼の意を込めて、今日の日記を締めくくりたい。