きんこんぶろぐ

大学生の私が日々思うことを綴っていくブログ

論破されたい欲

5/19 曇り

 

 暑くなったり、寒くなったり、不安定な気温の日が続いている。

 

 実験実習に卒論の計画、プレゼンテーションに統計の課題など、最近はこなさなければいけないことが増えてきた。

 さらに、バイトを3つ掛け持ちしているため、これらの課題に割くことのできる時間も減ってきている。

 

 やばい、と思う。

 明日の自分がこれらの課題を軽々とこなしてくれることを願って、今日も私は眠りにつく。

 

 

 『論破されたい欲』が強まっている。

 できれば美少女に論破されたい。

 論理的な弁舌によって圧倒されたい。

 いつものようなアヘアヘモードの私ではなく、全身全霊をもって論理を展開し、それでもなお軽く一蹴されたい。

 私は頭の回転がそこまで早い方ではないはずなので、この願いは頑張れば叶いそうだ。

 

 では、誰かに論破されるのはどうすればいいのだろうか。

 まずは私が全力で語れる分野に、私より精通している美少女を探すほかない。

 これが結構難しそうだ。

 

 というか、私は論破よりもより建設的な議論を求めているのかもしれない。

 それとも、最近アホなことばっかり言い過ぎて、ただ単に知的な会話に飢えているだけなのかもしれない。

 

 アァ、なんだか何も私が求めているのかわからなくなってきた。

 知的な刺激が欲しいのか、美少女との接点が欲しいのか、どっちなんだ。

 今日は疲れた。

 ツイートのキレもない。

 

 もう私は寝る、おやすみ。

 

極彩魔法の劣等生 第114514話

5/10 曇りのち晴れ

 

「だからモテないんだよ、お前は」

 

 目の前の金髪の男、ヤリ・チンは言った。

 

「自分の欠点を認めながらもそれを直そうともしねえ。そんなお前を恋愛対象にしてくれる女なんて、いるわけねえだろうが」

 

 「馬鹿が」と言葉尻に付け加えて、彼は吐き捨てるように言った。

 

 全くの正論だ。

 

 しかし、と私は思った。

 

「——とうに分かっているんだよ、そんなことは」

 

 私が反論すると、ヤリ・チンは眉を顰めて、視線をこちらへと向けた。

 敵意のこもった、獣の目だ。

 

「私はデリカシーがない、気遣いもできなければ顔も良くない」

 

 その通りだ、と言わんばかりに、ヤリ・チンは鼻で笑った。

 

「……でも、そんな私だからこそ、今ここに立っている」

 

 爪が食い込む程強く拳を握りしめ、私はヤリ・チンを睨みつけた。

 

「私は、自分の悪いところも受け入れていきたい!」

 

 一瞬の沈黙。

 

 ヤリ・チンの眼が鉛色に光ったような気がした。

 身震いするほどの殺意を感じ、背筋が凍る。

 

「——だから気に入らねんだよ、お前は」

 

 色欲槍『アスモデウス』。

 

 彼の手に桃色の粒子がどこからともなく集まっていき、やがてそれは槍を形成した。

 先端には羊の頭の意匠が彫り込まれたその槍は、禍々しく黒光りしている。

 

「元々、こういうディベートみたいなのは性に合わないんだよ」

 

 槍を背後に構え、ヤリ・チンは上半身を屈めた。

 完全に彼は戦いの準備ができている。

 

 だが、まだ焦らなくていい。

 彼の一物はリーチがあるが、ここまでは届かない。

 

 もはや争いは避けられないと察した私は、魔法陣を錬成する準備に取り掛かった。

 

 前方では彼が挑発を続けている。

 乗せられるな、と自分に言い聞かし、静かに魔力を掌に練りこんでいく。

 

「さあ、やりあおうぜェ!」

 

 ヤリ・チンが駆け出し、私は前方に魔法陣を展開した。

 

 

 

 戦いが始まってからというものの、戦況は膠着状態が続いている。

 

 ヤリ・チンは転生者である。

 転生者はそれぞれが特殊能力『ギフト』を持っている。

 ヤリ・チンもその例に漏れず、ギフトを駆使した戦いを展開してきた。

 

「ハハハハハハ!」

 

 けたたましく笑いながら、彼は強烈な刺突を連続で繰り出してきた。

 それを私は冷静にテレポートで回避する。

 

 が、その直後。

 

「グッ……」

 

 鋭い痛みが脇腹を襲う。

 

 保険として常に防護魔法を自分に仕掛けておいたおかげでダメージは軽減できたが、それでも殺しきれなかった威力が体の奥に響く。

 痛みのあまり、呼吸が浅くなる。

 

「どうだ? 俺の『ギフト』の味は?」

 

 軽く槍を前方に突き出してから、ヤリ・チンはおどけたように言った。

 

 なるほど、なんとなく相手の『ギフト』が掴めてきた。

 

 おそらく、ヤリ・チンの『ギフト』は攻撃の早出しだ。

 これまでの戦いでも虚空に向かって槍を出すような仕草をしていたことを、私は思い出した。

 

 早出しした攻撃の回収動作を行わないと、何かリスクがあるのだろう。

 

「お前と同じで下品な味だ、クソ不味い。」

 

 ヤリ・チンに向かって私はこう言い放ってから、魔法で傷を治した。

 

 私とて転生者、『ギフト』持ちだ、まだ逆転のチャンスはある。

 

 私の『ギフト』は空間魔法、この世界で唯一無二の技能だ。

 

 基本的に、『ギフト』持ちは他の属性の魔法が使えない。

 先ほどの治癒魔法も、傷ついた細胞の空間を固定化することで、力づくで再現したものだ。

 

 荒療治でも、何もしないよりはマシだ。

 

「だったら味あわせてやるよ、俺の刺突のフルコースをなぁ!」

 

 私に休み暇を与えまいと、ヤリ・チンが再び『アスモデウス』を突いてくる。

 

 空間を固定して不可視の防御壁を作成し、それを迎え撃った。

 

 まだまだ戦いは終わりそうにない。

 

 

 

 ヤリ・チンとの口火が切って落とされてから、どのくらいの時間が経っただろうか。

 

 もう攻撃を食らうまいと回避から防御に戦法を変えた私と、絶え間なく攻撃を繰り出してくるヤリ・チンとの攻防は長時間に及んでいる。

 

 自分の体を近距離テレポートさせるより、空間を固定する防御の方が魔力の消費が激しい。

 

 腹の奥から来る嘔吐感を、私は感じ始めていた。

 魔力切れの典型的な症状だ。

 

 一方のヤリ・チンにも、疲れの色が見え始めていた。

 

 突きのキレは先ほどとは一目瞭然である。

 それでも、私に反撃の隙を与えまいと、彼は驚異的なスタミナで刺突の連撃を維持している。

 

 私の魔力が完全に切れるか。

 彼が疲れ果てるか。

 

 私の限界が、おそらく先だ。

 

 こうしている間にも嘔吐感はますます強くなってくる。

 時間がない。

 

 その刹那、固体化された空間に阻まれ、ヤリ・チンの黒槍が大きく跳ね上がった。

 それを私は、見逃さなかった。

 

 空間を球状に変化させ、彼の手元に高速で投げつける。

 

 槍を再び構えようとしたヤリ・チンの手に空間球は激突し、黒槍が遠くへと弾き飛ばされる。

 

 自然に彼の視点が飛ばされた槍へと向かうのを見て、私は遥か彼方へテレポートする。

 

 逃走を謀った訳ではない。

 すぐさま、自分の中に現存する全ての魔力をヤリ・チンのいた場所へと注ぎ込んでいく。

 

 圧倒的な、徹底的な流れをもって、底抜けの青空に巨大な魔法陣が形作られていく。

 

「第八一〇式魔法陣『神の杖』、多重展開……!」

 

 数多に展開された魔法陣は極彩色に光り輝き、回転を始める。

 

 『神の杖』は最上部の魔法陣で固定化した膨大な空間を、下部のいくつもの魔法陣によって加速させ、地上に高速で落下させるものだ。

 

 その威力は、私の世界で『戦略兵器』と呼ばれていたものに匹敵する。

 

「——いっけぇえええええ!!」

 

 号哭とともに、私は腕を振り落とす。

 

 それと同時に、魔法陣は一際光を放ち、遅れて爆音が轟いた。

 

 暴力的なまでの衝撃波が、満身創痍の体を襲う。

 もはや、それから身を守るほどの魔力すら、残っていなかった。

 

 半ば倒れるように地面に伏せ、衝撃波や暴風をやり過ごす。

 

 音が止み、全てが過ぎ去った後は、静寂がやってきた。

 

 臓器からせり上がってくるものを何とか堪え、私は立ち上がる。

 

 周りを見渡したが、ヤリ・チンの気配はまるで感じない。

 砂煙が彼のいたところから天上まで昇っていた。

 

「やったか……?」

 

 私は安堵した。

 

 その瞬間。

 

「ンッハァッハァ!」

 

 狂ったような笑い声が聞こえたと思ったら、私の体はガクンと力が入らなくなった。

 

 痛みの元に目を向けると、漆黒の槍が流れる血を受けて、てらてらと輝いていた。

 

 そこでようやく、槍が腹を貫通していることに、私は気がついた。

 

「童貞卒業おめでとさん、って感じだなぁ」

 

 いや、これだと処女卒業か、とヤリ・チンは自分で言い直して、耳障りな笑い方をした。

 

「……な、なぜ生きている」

 

「俺の能力を見誤ったのがお前の敗因だ」

 

 ひとしきり笑ってから、彼は真面目な顔をした。

 

 今まさに命を奪おうとしている、そんな人間の表情だ。

 

「俺の能力は攻撃の早出しじゃない。『前借り』だ」

 

 『前借り』?

 私の体は限界に近く、頭がうまく回らない。

 

「身体能力や行動を未来の自分から『前借り』する。そうすることで現在の自分の能力をグッと上げるって感じだなぁ」

 

 これまでの攻撃の回収と思われる行動は能力の一部ということか。

 

「もちろん、リスクがない訳じゃない。一年分の身体能力を使って衝撃波から逃げて、ここまで辿り着いたってことだよ」

 

 馬鹿げてる、と私は思った。

 

 一年分の身体能力の『前借り』なんて、自殺行為に過ぎないじゃないか。

 

「寿命は縮まったが、俺はお前に勝負で勝った。俺の勝ちだ」

 

 そう言って、ヤリ・チンは目を瞑り、槍の先を私の首元に添えた。

 

 クソ、体が動かない。

 ここで私は終わりなのか?

 

 こんな、私の人格を侮辱し、下品で、金髪で、どうしようもない男に私は負けるのか?

 

 逆転策を探す、探す、探す。

 

 だが見つかるはずもなく、体は言うことを聞かない。

 

「終わりだ」

 

 ヤリ・チンは腕を振り上げ、勢いをつけて私の首に槍を突き刺した。

 

 

 はずだった。

 

「おっ、大丈夫か?」

 

 目をゆっくりと開けると、鮮血を噴き出すはずだった私の首は無事だった。

 

 そんな、この人が来てくれるなんて。

 

 自然に涙が溢れる。

 

「野獣先輩!」

 

「お待たせ」

 

 大声で先輩の名前を叫んだからか、風穴が空いたままの腹がかなり痛んだ。

 

「とりあえず、オイル塗ろっか」

 

 そんな私の様子に見かねて、先輩は私の腹に何か白いものを塗った。

 

 すると、みるみるうちに腹の傷がふさがり、痛みも引いていく。

 

「……助けかぁ。だが、一人増えたところで」

 

 ヤリ・チンは小さな声で何かを呟いた。

 

 途端、彼の全身に血管が浮かび上がる。

 

 どくどくと、血が全身を巡り心臓が脈打つ音がこちらまで聞こえてくる。

 

「俺の全力を見せてやるよ。『前借り』10年分だァ!」

 

 見違えるほどの殺意をヤリ・チンは滾らせ、こちらを見据えた。

 

 経験したことのないほど強力な相手に、無意識に体が後退する。

 

 でも、と私は思う。

 

 隣には信頼できる先輩がいる。

 

 先輩の目を見ると、視線に気づいた先輩は軽く微笑んだ。

 

 先輩となら、どこまでも行ける。

 根拠はないけど、そう思えた。

 

「ヤリ・チン、私はお前に勝つ!」

 

「行きますよ、行きますよ、行く行く!」

 

 私が魔法陣を展開し、先輩が迫真空手の構えをとる。

 

 相対するは最強の敵。

 

 さぁ、勝負だ。

 

 

自分症スペクトラム

5/9 雨のち晴れ

 

 家を出る頃は雨が降っていたので、傘をさして学校へ向かった。

 大阪に着くと雨はもう止んで、西宮では空が晴れた。

 これが通学片道2時間の力である。

 

 起きている時間の結構な時間が通学時間に取られているという現状はかなりしんどい。

 この時間が私の狂気的な読書習慣の元になったのも確かだ。

 

 通学時間に論文が読みやすいように、タブレットの購入を検討している。

 予算を決めようとATMで残高を調べたら、四千円しか入っていなかった。

 焦ってもう一つの銀行口座も覗いてみた。七百円しかなかった。

 

 

 

 心理アセスメントの授業を受けていると、自分が自閉症スペクトラムではないかとヒヤヒヤする。

 

 いや、ほとんどの診断項目に自分は当て嵌まっていないし、むしろ国語の読解問題なんかは得意だったのだが。

 しかし、ところどころ自閉症スペクトラムの診断基準に心当たりのある項目が存在し、心中不安でならない。

 

 小学五年生の頃、壮年の女教師に「お前は空気が読めない」と言われ続けたことを思い出した。

 義務教育の時は本当に辛かった。

 周囲が見えない。

 他人の動きに興味がない。

 恋愛や結婚の良さを、言葉で説明することができない。

 この辺りの自分の性質は、自閉症スペクトラムにも当てはまるものである。

 自分は大丈夫ということは頭で分かっていても、なんだか落ち着かない。

 

 定型発達者の中でも、極めて自閉症スペクトラムに近いところに私はいるのではないか? 

 そう思えてくる。

 すると、誰からでもなく、「お前は異常だ」と後ろ指をさされているかのような気持ちになるのだ。

 

 

 どこまでを異常、どこまでを定型とするか、というのは臨床心理学を含め医学にとって切実な問題だった。

 

 医学では、病気に対する知見が確実に蓄積されてきたが、これは病気が目に見えるようになってきたということが大きいと思う。

 MRIといった検査機器の発展もこれに拍車をかけている。

 治療法は確立とともに、病気の分類も近年かなり進んでいる。

 

 これに対し、いわゆる『心の病気』はなかなか目に見えない。

 例えばうつ病は、本人が主観的に最近やる気が出ない、眠れないといった症状を判断することは可能だが、これを外見から判断するのは難しい。

 なので『心の病気』を可視化するために、質問紙やカウンセリングといったアセスメントが心療内科などでは行われる。

 

 ここで、異常と定型を分けるわけだが、この区分がなかなか難しい。

 DSM-4などでは、アセスメントによって得られた情報がどの診断基準に当てはまるかによって区分が行われてきた。

 これを病理的基準という。

 

 また、質問紙による検査でのクライエントの得点が±2標準偏差までを定型、これを超えると異常、という判断がなされてきた。

 つまり、人口の5%を異常とするのだ。

 これを統計的基準という。

 しかし、この統計的基準では、例えば日本には1000万人の予備軍がいるとされる糖尿病などを考えると、5%より多くの人が異常と判断されてしまう。

 

 そのため、統計的基準の他に、社会一般において大多数に支持されている価値観から定型・異常を区別する価値的基準、問題を抱える人が社会で主観的・客観的に適応できているかを判断する適応的基準といった判断基準が用いられる。

 

 これらの判断基準を考慮すると、病理的基準・適応的基準からすれば、私は定型ということになる。

 DSM-5の自閉症スペクトラムの診断基準を私は満たしていないし、社会から完全に孤立しているというわけではないからだ。

 

 反対に、価値的基準からすれば、私は定型とは言い難い。

 社会の大多数は私を異常と判断するだろうし、それに私も異論はない。

 統計的基準については、質問紙などをやってみないとわからない。

 

 これら四つの基準を総合的に見て、クライエントの定型・異常が臨床の場で判断される。

 私はギリ定型だろうか、わからない。

 

 

 臨床の場での、定型・異常の判断は本当に難しいと思う。

 極端な例だが、私の所属していたボランティア施設にいたカウンセラーは、ある同僚を自閉症スペクトラムっぽい」と公言していた。

 私はその同僚に一度会ったことがあるが、私が未熟なせいか、とてもそのようには見えなかった。

 この時、彼は定型・異常どちらになるのだろうか。

 

 定型と異常の境目が曖昧なのが自閉症スペクトラムの『スペクトラム』たる所以である。

 誰しも初対面の人には控えめな対応になる。

 さらに、勘違いから話が噛み合わなくなるという経験をしたことが無いという人はほとんどいないだろう。

 黒色はあっても、完全な白はどこにもない。

 ただ灰色の部分がどこまでも続いている。

 

 

 ツイッターで自分のことをADHDと名乗る人が増えた。

 

 彼らについて私は何も知らないので、知ったようなことは言えない。

 だが、ADHD傾向はあっても、完全にADHDという人は少ないと思う。

 ADHD自閉症スペクトラムと同じく、どこまでも灰色の平原なのだろう。

 

 そういった人たちにも、臨床心理学はどのように自分の特性と向き合っていけばいいのか、といった有用な知見を与えてくれる。

 自閉症スペクトラムADHDの人が生活しやすくなる仕組みは、彼らと同様に様々な個性を持つ定型の人たちの生活にも役立つのだ。

 

 

 人間誰しも個性を持つものであり、自らの個性によって自分が苦しんでいるのなら、それはどげんかせんといかんのだと思う。

 

 また、自分の個性は誰かの個性の延長線上にあるということを考えれば、人を見る目が変わってくるだろう。

 

 誰もが、灰色の広い平原で、自分を探して彷徨う存在である。

 架空の白を求めるより、黒い部分を見つめてそこに親愛を抱けたなら、世界は変わる。

 みんなスペクトラムの仲間たちだ。

 

夢見る幼女じゃいられない

5/6 晴れのち雨

 

 昨日はこどもの日だった。

 もう二十歳になったのにも関わらず、今年も祖母から祝い金をもらってしまった。

 しょうがねえだろ、赤ちゃんなんだから。

 

 本格的に読書を始めてからまだ2年だ。

 知的人生はまだ始まったばかりである。

 二歳児の気分で毎日を過ごしたい。

 

 二歳児のはずなのに、バブみも妬みも嫉みもない生活を最近は送っている。

 バブみくらいは感じて生きていきたい。

 

 

 私は時々、幼女が登場する夢を見る。

 そのどれもが印象的で、思い出深いものばかりだ。

 

 ロリコンだから幼女の夢を見る」ということはなく、古くは小学生の頃から、そういった夢を私は見てきた。  

 

 記憶に残っている最初の幼女の夢は、何ともホラーティックなものだ。

 顔がツギハギだらけの、自分と同じ年代くらいの幼女に林の奥へと誘われる、と言う夢である。

 これを見たのは6歳ごろだ。

 相手の幼女もそのくらいの年齢の外見だった。

 

 「脳が記憶などを整理する」という夢を見るメカニズムの仮説からすると、この夢は私が手塚治虫の『ブラックジャック』なんかを読んで、それに影響されたものなのかもしれない。

 

 彼女とは木々がそびえ立つ薄暗い場所で何か大切なことを話したような気がするが、現在の私は何も覚えていない。

 忘れたと言うことは、とくといって大切なことでもないのだろう。

 

 『千と千尋の神隠し』の銭婆の「一度あったことは忘れないものさ。思い出せないだけで」と言う台詞のように、単に思い出せないだけなのかもしれない。

 もう一度私の夢に出てきてほしい人物の一人である。

 

 

 高校生の頃にも、幼女の夢を見たことがある。

 その夢の中では、私は悪の組織の幹部であり、黒いメカニックなスーツを着込んだダークヒーローだった。

 

 理不尽にも、同様のスーツを着込んだヒーローに襲撃され、私はアジトに撤退した。

 アジトのどこかの部屋に入ると、腰までの美しい銀髪と透き通る青い瞳を持った幼女が白髪のイケメンに口説かれていた。

 白髪のイケメンは、私と同じく組織の幹部であるらしかった。

 

 幼女は彼を受け入れずに部屋から追い出し、私を誘惑した。

 私は幼女を一度抱きしめてから、「これ以上はいけない」と耳元で囁いた。そしてそのまま、ベッドで二人添い寝した。

 

 ここで夢が覚めた。なぜ私はこのようなギザな台詞を囁いたのだろうか。

 むしろ、どうしてピンク色なことに私は踏み切らなかったのだろうか。

 夢の中ならやりたい放題なはずなのに。

 

 「結局お前は性欲が無いだけ」という友人の言葉が脳裏を掠める。

 あれだけ日頃から下ネタを言っておいて、私には性欲が無いのだろうか?

 

 

 もっとも直近の幼女が登場した夢は、私がデスゲームに参加させられる夢だ。

 デスゲームの参加者には能力が与えられ、それで生き残りをかけて闘うという夢だった。

 

 私の能力は『2秒間だけ最強になる能力』だった。

 2秒間だけ相手からのダメージを無効化し、攻撃力も超強くなる、という単純な能力だった。

 微妙に弱い。

 

 そのような能力をうまく隠しながら、平和主義的に争いを避けていたのだが、『銃を無限に出す能力』を持つ男についに襲われ、私は窮地に立たされていた。

 手数で攻めてくるタイプは、時間制限のある能力にとって天敵である。

 2秒経てば、すぐに脳天に風穴を開けられてしまう。

 

 万事休す、かと思いきや、そこに助けに入ってくれたのが幼女だった。

 栗色の髪色をしたツインテールの幼女が、興味津々で私の側にやってきた。

 どこか狂気を孕んだような笑みを、幼女は顔に浮かべていた。

 

 幼女は手に持ったハンドガンのトリガーをカチカチと鳴らした。

 すると、赤と青色の火の玉のようなものが銃口からいくつも飛び出て、男の前に直線で並んだ。

 幼女がもう一度引き金を引くと、乾いた音と共に、男の胸には赤い染みができていた。

 男はそのまま倒れた、即死だった。

 

 私が考えるに、幼女は『空撃ちで弾道を固定し、任意のタイミングでその弾道に銃弾を発射する能力』を持っている。

 クソ強い。

 

 幼女に礼を言うと、「また会おうね」と言い残して、どこかへと去っていった。

 この夢を見てからしばらく経ったが、この幼女には未だ会っていない。

 次に会うときは、本格的に殺されそうだ。

 平然と人の体を銃弾でぶち抜くような幼女には会いたくない。

 容姿端麗だったし、将来はなかなかの悪女になりそうだ。

 

 

 心理学という科学的なものを勉強しているが、私は非科学的な夢が好きだ。

 夢は全くの偶然で、起きている時には思いつかないような物語が体験できる。

 

 また、夢を見ることで、新しい発想が生まれることもある。

 かの『ベンゼン環』の構造は、発見者が尾を咥えた蛇、ウロボロスの夢を見たことから発見されたという逸話がある。

 アイデアの卵は眠っている時にこそ、殻が破られるのかもしれない。

 

 今宵も、それなりに考え事をしてから、眠りに落ちることにしよう。

 夢の中で再び幼女に出会えることを願って。

 できれば安全な幼女に。

 

鏡と見ゆる月影は

5/2 曇りのち雨

 

 多忙につき、しばらくブログを更新することができなかった。

 

 新生活もひと段落し、人生が好転し始めたので、精神的な余裕ができ始めた。

 空いている時間につらつらとパソコンに書き込んで、これからもブログ、もとい日記を継続していこうと思う。

 

 文字数がかさむのでここには書かないが、ブログを続けていると様々なメリットがあるものだ。

 メリットを感じている限り、ブログは続ける。

 

 

 最近、塾講師のバイトを始めた。

 

 講師の机に『サピエンス全史』が置いてあるような、意識が高めの職場に勤務している。

 『サピエンス全史』、確かに面白かったが、そんなに売れるほどか? とずっと個人的に思っている。

 

 まだ研修期間なので時給は安いが、講師になった暁には結構な給与が貰えるし、シフトも融通がきく好待遇である。

 友人たちには「あれだけ働くのが嫌だと言っていたのに」と散々馬鹿にされたり、呆れられたりしている。

 シンプルにお金が足りなくなったので仕方ない。

 

 できるだけ社会に貢献することがないよう、情熱無しサボりマシマシ真面目さカラメで働いている。

 塾講で稼いだ分は貯金して、本の購入や大学院の学費に充てよう、と考えている。

 実際は音ゲーに溶けそうだ。

 

 

 プライバシーが云々なので詳しいことは書けないが、私は塾講で現在、小学生の子供を教えている。

 中学受験を志しており、頭の回転も早いので、私としては教えるのがとても楽な生徒である。

 塾に来る前にも、様々な習い事を詰め込まれているので、塾で教えている最中に彼の集中が切れてしまうのが玉に瑕である。

 

 出会った当初は彼も緊張していたが、週に一回、何週も会っているうちに、私にもそれなりに心を開いてくれるようになった。

 

 

 「こんなこと勉強しても、何の役にも立たないのに」

 

 月の満ち欠けや天体の動きについて教えていると、その生徒はこのようなことを口にした。

 なるほど、終わりの見えない勉強に飽き飽きした子供が、必ず口にする典型的な台詞である。

 

 ここで世間の大人の代弁者のように、「勉強しないと立派なシャカイジンになれないよ」と言い聞かせるのも酷だと思った。

 

 なので、どうしてそんなことを言うのか問いかけた。

 心理学科特有の傾聴である。

 心理学は、結構役に立つ。

 

 するとポロポロと、締まりの悪い水道管のように、生徒は学校での不満を漏らし始めた。

 

 曰く、

 

 「授業での勉強をさっさと終わらせて、教科書の問題を先へ先へと解いていたら、教師に『そんなことをしていたらテストで100点を取れないぞ』と叱られた。意趣返しにテストで満点を獲得してやったら、教師に理不尽に怒られた」

 

 「学校の授業は進むのが遅い。ただひたすらに退屈」

 

 などと、愚痴をこぼした。

 

 

 そういった彼の話に頷いたり、空っぽな同情を示したりしているうちに、その生徒が何だか自分の過去と重なって見えてきた。

 

 小学校での六年間、私はただひたすらに退屈だった。

 最初のうちは教科書を先に読み進めるなどして、時間を潰していた。

 そのうち、限界がやってきた。

 

 その結果、私は授業時間のほとんどを空想遊びに費やすようになり、中学校での深刻な学力低下を招いた。

 

 小学校で私と成績を張り合った人たちは、いずれも旧帝大に進学した。

 あの退屈を勤勉に勉強で埋めたか、妄想で費やしたかによって、私と彼らの明暗が分かれた。

 全く、私の自業自得である。

 

 

 生徒はまだ退屈の霧の中にある。

 生徒の能力を妥当に評価しようともしない無能教師により、モチベーションは落ちつつあるが、まだ私のように妄想の泥濘に嵌ってはいない。

 

 「私立中学に入れば、いくら勉強しても文句を言われることもないよ」

 

 その場凌ぎに、私はこの言葉を彼に投げかけた。

 

 「まじ? そんなの勉強し放題じゃん」

 

 生徒は桃源郷を彼方に見たような表情をした。

 ああ、この子は単純に勉強が好きなんだな、と私は思った。

 勉強を『何かの役に立つ知識』で味付けすることなど、彼には必要なかったのかもしれない。

 

 それでも、真に彼が『何かの役に立つ知識』を求めていた時のために、今勉強していることがどのようなことに役立っているのか、講釈を垂れておいた。

 

 「太陽が光り輝く仕組みは、塾の教室や日本中に電気を届けている原子力発電所の仕組みと似ている」と、私は生徒に伝えた。

 少しばかり、彼は興味を持ったようだった。

 

 こう言う話は子供に結構効く。

 私も小学生の頃、科学に関する小話が好きだった。

 何なら今も好きだ。

 

 しかし、太陽は核融合原子力発電所核分裂、実際はほぼ真逆の仕組みである。

 そのことに彼が気づくのは、当分先のことになりそうだ。

 

 

 勤務を終えて塾を出る頃には、時刻は九時頃になっていた。

 自転車をこぎながら、小学校や、中学校の頃の自分の生活をぼんやりと思い出した。

 どういう視点から見ても、ロクな人生を歩んでいなかった。

 

 後悔は多いが、過去には戻れない。

 今の私にできることは、自分と同じ轍を生徒に踏ませないよう、知識を伝えてやることである。

 そうすることで、過去の自身に対して、ツケを払うことができるような気がした。

 

 「中学受験までは、それなりに真面目に教えてやるか」

 

 そのようなことを思いながら、私は帰路に着いた。

 夜の街を照らす月が、背中をずっとついてきた。

 

 

ラーメンつけ麺、僕ザーメン

4/10 晴れ

 

 新学期が始まった。

 精神状態は良好。

 

 ゼミの女子はキラキラしていて、チキンハートの私はすっかり萎縮してしまった。

 まあ、何とかなるだろう。

 

 そろそろ「デキるやつ」とやらになってみたいが、その機会も素質も無い。

 チャンスが来るまで、日々鍛錬するしかないようだ。

 「こいついつも鍛錬してるな」と自分でも思う。

 使い所がなければ、いかなる技能も無用の長物に成り果てる。

 動画作りも音ゲーもオチンポも、全てが無用の長物(短物)である。

 

 

 自分が生物だという事実に、最近は一周回って感心している。

 知識として「人間は動物」ということはわかっているのだが、それを実感するのは難しい。

 

 心理学というのは言わば「人間の生物学」という側面もあって、科学者たちは多くの実験から人間の動物性を明らかにしてきた。

 そのような学問をやっていてなお、私は自身が一生物であるという実感が湧かない。

 

 私に限った話ではなく、人は少し自分たちの知覚・認知の特性を当たり前のものとしすぎているのかもしれない。

 言葉を発する過程や、私たち自身の意識さえ、未だ解明されていないのだ。

 よく分からないものを当たり前のものとしながら生きている。

 これって結構凄いことだと思う。

 

 「私たちは、『コウモリである』ということはどういうことか、理解することができない」という有名な話がある。

 実際のところ、私たちは人間であるということがどういうことかさえ、分かっていないのかもしれない。

 

 

 心のような、目に見えないもの以外にも、私たちはよく分からないものを伴って生活している。

 

 野郎共の場合、その代表例は「精子」である。

 一つ一つは小さすぎて見ることができないが、白いゼリー状のものとして、これを見たことがない男は特殊な例を除いてまずいないはずだ。

 

 精子といえば、私たちはまずおたまじゃくしのような形を思い浮かべる。

 遺伝情報の詰まった丸っこい先端に、糸状のものをくねらせ前進する。

 このような姿が、一般的な精子の姿である。

 この程度の知識なら、男女関わらず知られていることだろう。

 生命の原初として、精子卵子とともに保健の教科書などで説明されている。

 

 しかし、従来までのこの精子像は、最近になって覆ろうとしている。

 低温電子顕微鏡断層撮影法という長ったらしい名前の新技術によって、精子が初めて立体的に撮影できるようになったのだ。

 

 これにより、精子のしっぽの部分(これを鞭毛という)の先端に、左巻きのらせん構造が存在することが明らかになった。

 この発見は今年の二月のことである。

 

 AIがなんだのビックデータがなんだの言っている間に、私たちは己の金玉に潜んでいる者たちの形さえ知らずにいたのだ。

 精子の形が判明したことによって、不妊症の治療に応用できることが期待されている。

 一見フケツな精子に関する研究も、世の中の悩めるカップルに貢献することができるのだ。

 

 

 私たちの存在も、元を辿れば精子である。

 私は時々、自分が精子であった時のことを夢想する。

 

 もし「私」の受精がワンテンポ遅れて、違う「私」が生まれていたのなら、彼は今の「私」よりも上手くやれていたのだろうか、と。

 

 「最速で受精した精子が一番優秀」なんて俗説は、少し考えれば嘘とわかる。

 ほんの少しの偶然で、受精の順番は容易に変わりうる。

 「私」が受精の順番を譲った方が、「私」はより良い人生を送れたのかもしれない。

 だが、仮定は仮定である。

 結局存在するのは「私」だけだ。

 

 一回の射精に含まれる精子の数は一億から四億ほどである。

 ありえたかもしれない無数のパラレルワールドを思いながら、私は精子を無駄撃ちした、ザーメン(アーメン)。

 

 

 こんなことばかり調べているからか、精子の研究施設を設立するためのクラウドファンディングの要望がメールで届いた。

 私は500円ほど、寄付しておいた。

 彼らが無事研究所を設立し、精子の謎について寄与することを願っている。

 

 精子について知ることは、私たち自身の理解にも繋がるはずだ。

 精子無くして人間は愚か、全生命の繁栄はあり得なかった。

 

 精子を経由し万物は流転する。

 らせんの鞭毛は回り回って輪廻を描く。

 その延長線上に、私たちは確かに存在しているのだ。

 

四分の一の永遠

4/8 曇り

 

 大学二年生の春休み、最終日。

 四月になって私は三回生になったが、授業の開始までその実感が伴うことはなかった。

 明日からはまた、当たり前の日々が始まるのだろう。

 

 編入試験の失敗が私の気づかぬところで心身を蝕んでいたらしく、この春休みはずっと疲れていた。

 四月に入る頃からは回復し、様々なことにこれまで通り集中できるようになった。

 

 今年度はアルバイトやゼミなど、新しく始まることが多い。

 中だるみした人生が刺激的になることを期待して。

 20歳の私は一味違う。

 

 

 春休みは感情が摩耗していた。

 長期休暇に私はあまり人に会わない。

 バイトでもしていれば、この孤独はマシだったのだろうか。

 

 この数カ月で、「一人で延々と何かに打ち込み続けるのは無理がある」と思い知った。

 大学受験の時に浪人しなくて、本当に良かったと感じた。

 数ヶ月、たった一日数時間の孤独にすら、私は耐えることができなかった。

 

 

 何回もこのブログに書いていることだが、孤独は本当に辛い。

 焦燥、嫉妬、不安、憂鬱などの感情が私の中で喰らいあう。

 この春休みに、最後まで生き残ったのは虚無だった。

 私を埋めていた感情たちは生き絶え、心は冷たい洞穴になってしまった。

 

 こうして私は無気力な春休みを過ごした。

 

 この孤独をゆうに乗り越え、大学の籍を勝ち取った浪人生に尊敬の念を抱く。

 指定校推薦にしろ、浪人にしろ、これらを経た人たちは私には無いものを持っている。

 継続力、忍耐力がその例だ。

 継続して勉強できなかった私は指定校推薦の校内選考に落選し、継続力の無さによって編入試験に合格することができなかった。

 そして、この休みのうちに、明日へと向かう翼はすっかり萎えきってしまった。

 

 

 普段は何が自分を助けてくれるのかと言うと、悔しさである。

 自身のピンチの時、私は常に悔しさに頼ってきた。

 

 親は放任主義だし、恩師もいない。

 いざという時にそんな私を助けてくれたのは、傲慢さから沸き立つ無尽蔵の悔しさだった。

 自分をはみ出しものにした詰まらぬ義務教育の学校社会を恨み、模試で得点を急上昇させて嫌いな人間を嘲笑い、より高位の大学にいるまだ見ぬライバルを妬んだ。

 浅ましきプロレタリア精神というか、そういったものを私はエネルギー源にしてきた。

 

 だが、春休みの中盤には、何に対しても悔しさが全く湧かなかった。

 誰かの活躍にも、誰かの誹謗にも、何も感じなくなっていた。

 それは仏教でいう「悟り」なのかもしれないが、そんなものはクソ食らえだと思った。

 今でもそう思う。

 

 

 春休みはあまりにも長すぎた。

 その時間が私の悔しさその他諸々の感情を台無しにした。

 

 この休暇から私が得た教訓は、「休みに対する休みを得ること」である。

 旅に突然出てみたり、図書館で気持ちを奮い立たせて本を乱読してみたり、TOEFLを目指して英語の勉強をしてみたり。

 あえて忙しくすることで、私のメンタルは回復していった。

 

 今では、編入試験から立ち直って勉強を再び始めたり、音ゲーのスコアが負けたことで悔しい思いをし音ゲーの練習に励んだりと、必要なことやどうでもいいことにまで、悔しさを発揮することができている。

 こちらの方が、僅差で無気力より生産的だ。

 

 翼が萎えてしまったのなら、必死にそれを動かすだけだ。

 そうすればハチドリのように、少なくとも地に堕ちることはなくなる。

 そのぶん、甘い蜜を吸い続けなければならないが。

 自分の成功か人の不幸か。

 どちらでもいいのだと思う。

 

 

 ようやく、明日から授業開始である。

 三回生からは統計にパソコンのソフトを使ったり、ゼミが始まったりと、専門的な授業が増える。

 見るからに難しそうだが、そのぶん楽しみでもある。

 明日になるまで、あとは寝るだけだ。

 

 ここまでの三ヶ月間は本当に長かった。

 さらば、四分の一の永遠よ。

 私が忙しさに嫌気がさしたら、また会おう。