きんこんぶろぐ

大学生の私が日々思うことを綴っていくブログ

ばーちゃるゆーちゅーばーのいちにち

9/20 雨

 

 5時半。

 目が覚めてすぐ、自分のチャンネル登録者が増加したか確認する。

 今日は、寝ている間に4人増えていた。

 

 まどろみながらも、何処かの誰かのASMR動画を開き、再び眠りにつく。

 

 

 7時。

 再び目が覚める。

 二度寝してしまった1時間半の間に、何か幸せな夢を見たような気がするが、うまく思い出せなかった。

 

 リビングへ出て家族と朝の挨拶を交わした後、食パンと暖かいコーヒーを朝食にする。

 適度に焼けた食パンを齧りながらまとめサイトを見て、Vtuber関連の最新情報を確認する。

 

 Vtuberデビューしてから1週間は、自分のチャンネル登録者が伸びない現状と、最前線で活躍するVtuberを比較して、嫉妬に狂っていた。

 嫉妬心からくるストレスによって下痢になったりもしたが、それも今は収まった。

 

 人気のVtuberは近頃、インドネシア国家を歌ったり、よみうりランドとコラボしたりもしているらしい。

 前ほどではないにしろ、少しの悔しさを感じながら、少し冷めたコーヒーを啜った。

 

 

 8時。

 親が朝ドラを見ているうちに、動画に届いたコメントに返事をしたり、アナリティクスを確認する。

 デビューから動画の再生数が落ちていないこと、そして高評価が三桁ちょっとの再生数にしては多いことが幸いである。

 

 ついで、空いている時間で他のVtuberの最新動画を確認する。

 無編集で配信をただ垂れ流しただけの動画が数万再生もされているのを見て、少しへこむ。

 それと同時に、私も安心して配信できる環境を作らなければならないと思う。

 

 それがVtuberというコンテンツの、コミュニティが閉じていく現象に加担することに繋がるのでは? と自問自答し、自己嫌悪に陥る。

 

 個人でブームが冷めてきた頃に参入しても、ある程度の人気は獲得することができる。

 それを実現して、後続する誰かの灯になりたかった。

 

 そのような思いも、動画投稿を始めたきっかけの一つだったからだ。

 実際は、ひどい力不足という有様である。

 

 手段を選んでいる暇はない、という考えが日に日に強まっていく。

 

 

 9時。

 動画に用いるための素材作りをする。

 

 Vtuberの動画の作り方というのは人さまざまである。

 それは用いているソフトの仕様が各Vtuberで大きく違うことが要因だろう。

 

 一番高価なものでは、全身の細やかな動きを3Dモデルと対応させることができる。

 逆に安価なものでは、数千円のソフトで一枚の絵を動かすことによって、感情などを表現することができる。

 

 私の場合は「Vカツ」という3Dモデル作成ソフトでデザインしたモデルを、「VirtualCast」という、3Dモデルで生放送を行うことができるソフトをオフラインで使用して、Vtuberとしての動きを表現している。

 動画制作用として「VirtualCast」は拡張性に欠けるのだが、「Vカツ」が未だ「Unity」という開発ソフトに対応していないので、次善の策としてこの方法を用いている。

 

 VRヘッドセットを付けて、いざバーチャルの世界に潜り込む。

 といっても、録画用の仮想空間なので、地面も空もどこまでもグリーンバック、緑色である。

 

 仮想世界の鏡に自分の姿を写すと、Vtuberとしての私がそこにはいる。

 この鏡を録画することで、Vtuberとしての自分を表現することができる。

 

 身長は現実世界の私とほぼ同じだが、手は現実の私に比べて小さい。

 指の一本一本も、コントローラーの対応するボタンを押すことによって閉じることができる。

 

 何の気の迷いか、この小さな手で私は自分の胸を揉んでみた。

 

 男性モデルとして作ったはずの私の胸が、たゆんと揺れた。

 なんだか、強烈な虚無感に襲われた。

 

 あらかじめ録音、編集しておいた自分の音声を再生し、その音声に合わせて身体や表情を操作し、Vtuberとしての私の姿を録画し終えた。

 

 ここからは、現実世界での長い編集作業が始まる。

 むしろ現実世界での作業が、私のような声質に恵まれないVtuberにとっては本番である。

 

 

 12時。

 編集をしていると気が付けば昼になっていた。

 母の作ってくれた豚肉の炒め物とお味噌汁とご飯を食べる。

 おいしい。

 

 

 15時。

 編集に疲れたのでリフレッシュのため外出した。

 

 京阪電車淀屋橋、それから御堂筋線で梅田に向かい、ヨドバシカメラで最近断線したHDMIケーブルを買い替えた。

 ついでに、ヨドバシカメラでマイクなどを物色した。

 

 本当はゲーム実況用にキャプチャーボードも欲しいし、音質改善のために高性能なマイクも欲しい。

 だが資金が足りない。

 個人勢の辛いところである。

 

 その後天満橋まで赴き、ネットで調べた喫茶店に入った。

 

 間食がてら、チキンカレーとコーヒーのセットを頼む。

 チキンカレーは私好みの辛口のもので、とても美味しかった。

 

 コーヒーは、丁寧に小さな白磁のミルクピッチャーと砂糖入れが添えられて出てきた。

 経験則だが、市販のフレッシュミルクではなく、ミルクピッチャーが出てくる店は大体が当たりだ。

 

 コーヒーを飲みながら、次の一手を考えた。

 私はコーヒーを飲むとき、いつも考え事をしている気がする。

 

 とりあえず、空いているニッチの探索と、現在勢いのある新人Vtuberと自分の比較を行うことにした。

 

 人気のある誰かと、自分の比較をするのは辛い。

 

 三次元の現実世界のみならず、二次元の仮想世界でも、私は何者にもなれなかった。

 そのようなことを考えてしまうからだ。

 

 現実世界以上に、仮想世界では誰かから認識されることが求められる。

 誰かに認識されないと、Vtuberは存在できない。

 

 現実でも仮想でも、誰かの感情を揺さぶり続けることが、真に価値があると私が認められるものを、いつかは与えてくれると信じている。

 今現在の私は、大勢の無関心に囲まれるばかりである。

 

 未だ、私は名前のない市民Aのままである。

 少し中二病的だろうか。

 

 

 19時。

 家に着いて、軽く夕食を済ましてから、動画を投稿した。

 

 ツイッターでの反応は良好だが、それに反してYoutubeのリンクを踏んでくれる人は案外少ない。

 このギャップに耐え続けるのにも、精神力を使う。

 

 何度でも動画を見返してもらえるような、そのような面白いものを作らなければとは思うが、それが難しい。

 

 私を認識してくれる人が少ない以上、一度きりではなく、末永く私をコンテンツとして摂取してくれる人を増やすことが大切だと考えている。

 仲間を増やして立ち上がるのは、RPGでも何でも、最初にしなければならない重要なことだ。

 

 多くの人の目に触れることに少し怯みながら、今でも私は動画を投稿している。

 

 辞めたくなったら、バーチャル自殺でもして活動に幕を下ろすつもりだ。

 

 世界で初めて、バーチャルの存在として自死を選ぶ。

 そんな結末も良いかもしれない。

 

 何の連絡もなく失踪するより、キャラクターとしての明確な死を私は選ぶ。

 

 そうならないためには、今の私にできるベターな選択肢を取り続けるしかない。

 それは現実でもバーチャルでも同じことだ。

 

 

 21時。

 日記を書き始める。

 

 誰の目に触れるかは考えない。

 ただ無心にキーボードを叩く。

 

 ああ、私が求めているのはこういった活動なのかもしれない、と思いつつも、文章を打ち込んでいく。

 こんがらがったヒモを解きほぐすような、そんな充足感だ。

 

 これまでの私がそうだったように、5年後、10年後の私がこの記事を見て、「馬鹿なことやってんな」と笑えればそれでいい。

 その時の私も、今の私と同じように馬鹿なことをやっているはずだ。

 

 将来、バーチャルでの活動は終えているかもしれないし、そうでないかもしれない。

 それは誰にもわからない。

 

 明日からは新学期が始まる。

 大学生活も残り3/8だ。

 多いとも少ないとも取れる時間の長さ。

 一つ何かを達成するには十分だろうか。

 

 ただ、これまで以上に愉快なことがあれば、それでいい。

 できれば、何者かになれたという最高の事実と、万雷の拍手を。

 

 

 23時。

 そのような夢を見ながら、私は眠りにつく。

 

近状

9/16 曇り

 

 動画を作ることしかしていない。

 ブログの更新もなおざりになっている。

 

 考えることは多いのだが、あまりVtuberの話題だらけになっても面白くないので、少し控えようと思う。

 何より、身バレのリスクも増大してきた。

 

 九月の月末にはツイッターのアカウントでチャンネルを公開しようと考えている。

 それまでにビッグに慣れている自信がない。

 野望と嫉妬の炎を絶やさないようにしなければ。

 

 これを維持するのは、案外難しい。

 何かに嫉妬しすぎると、体調を崩して下痢になる。

 タイプAの性格ではないので、闘争心を燃やし続けるのは難しい。

 そろそろ自分のペースを見つけなければならない。

 

 

 ブログの更新もそろそろ頑張っていこうと思う。

 だが、今日は眠いのでここまでにしたい。

 インプット量を増やしてアイデアの質を保たなければならない。

 でないと、ただでさえ酷い動画の出来がさらに見ていられないものになってしまう。

 

グロテスク

9/4 暴風雨

 

 台風の直撃を受けて、停電したり、そのせいで動画の編集が遅れたりと、色々とひどい目に合った。

 

 9月中にチャンネル登録者を1000人以上にする、と公言していたが、それは叶いそうにない。

 ホモの力を抜けば、自分の実力はこんなものか、と落胆するばかりである。

 

 そろそろ英語の勉強も始めなければならず、動画の製作にかけることのできる時間もますます限られていく。

 よりスマートなやり方を見つけなければならない。

 

 勉学のために趣味を諦めるようであれば、この先も私は趣味を諦め続けなければならないだろう。

 そんな予感がする。

 

 

 自身の承認欲求について考えることが増えた。

 

私がバーチャルYoutuberを志したきっかけも、承認欲求と金銭への動機があったからだった。

 

 数多の人々に自分の生み出したものが認められるという、蜜の味をなかなか忘れられない。

 その分、今の自分の境遇に惨めささえ感じ始めている。

 

 承認欲求は数字だけで満たされるものではないと知りつつも、数字を求めてしまう。

 そんな自分に嫌気がさす。

 

 この獣が自分の中に巣食い続ける以上、無視を決め込むわけにもいかず、最適な対処法を求め続けている。

 

 承認欲求は恐ろしい。

 一歩踏み外せば、そこは政治・スピリチュアルクラスタに近しい世界が広がっている。

 

 大勢で、互いの安寧を汚らわしく舐め合うのみの日常である。

 そこに私の求めるものはない。

 

 

 バーチャルの皮を被った以上、その皮に合うように振舞わなければならない、と思っていたのだが、実際はそうではないらしい。

 

 人気のバーチャルYoutuberを見ていると、外見というよりも内面の個性で人が集まっているように思える。

 もしくは、企業に属しているかである。

 

 個人で動画を投稿する以上、私は内面の個性で張り合うしかないのだが、企業の人たちに比べ、広報力は明らかに劣っている。

 

 それに、個性と言っても、私がそれほど素晴らしい個性を持ち合わせているとは思えない。

 私の性格は「個性」というよりも「異常」である。

 

 いくらマシなガワを身に纏ったといって、この私の性質は隠しきることができないだろう。

 その時に向けて、いまから準備を始めなければならない。

 このままVtuberを続けるつもりならば。

 

 「結局のところ、フィクションは現実には勝てない」という村上春樹の言葉を何となく思い出した。

 オウムの生み出したフィクションと、1995年の現実を比較した文脈で、彼はそのようなことを述べていた。

 Vtuberと2018年の現実にしても、同じことが言えそうだ。

 

 

 私事だが、次回の動画からボイスチェンジャーを使うのを止めて、地声で録音することにした。

 ボイスチェンジャーを使った方が幾分女性的な声が出るのだが、機械的で聞き取りづらいものになってしまう。

 それなら、地声で録音したほうがよりクリアな音声になるのでは、と考えた。

 

 このような事態に備えて、最初からガワの性別は男性にしておいた。

 設定的にも無理はあまりないようにしてある。

 

 中学生以来、私は設定厨なので、こういった細かいところにも注意している。

 むしろ、設定を破綻させたほうが受けがいいのでは、という考えも無論あるのだが。

 

 ともかく、地声で録音することによって、身バレの可能性はかなり上がった。

 未だ動画の出来はひどく、周囲に見せびらかすことのできるクオリティではない。

 

 「この声は、我が友金こんにゃくではないか」となる可能性も十二分にある。

 そうなれば、いよいよ私は現代の李徴と化してしまう。

 

 アバターのモチーフが虎でないことがせめてもの救いだろうか。

 身バレしても大丈夫な動画づくりにしていかなくては。

 

 

 バーチャルに入り浸っていた結果、日記の更新が遅れてしまった。

 

 それほど筆の進みが衰えていなかったのが嬉しかった。

 これでこそ、2年間ブログを書き続けてきたかいがあるというものだ。

 

 今回の記事の文体が固いのは、私の気分が悪いからである。

 バーチャルの方面である程度の成功を収めることができたのなら、もう少しコメディチックなことも書くことができるようになるだろう。

 

 この夏休みが終わる前に、もう少し自身の黒歴史をブログに小出しにしておきたいものだ。

 生きているだけで黒歴史が溜まっていくので、出しても出してもキリがない。

 

 じゃあそれを辞めろと言われても、今度は退屈で憂鬱になってくる。

 私にとって退屈は死に至る病である。

 

 刺激の予防接種を忘れずに。

 黒歴史はその副作用である。

 

ばーちゃるぼっち

8/21 晴れ

 

 暑さが引いたと思ったら、再び気温が上がってきた。

 甲子園は終わったが、平成最後の夏はまだまだ終わらない。

 

 塾講で働いてばかりいると、そちらにばかり意識がとられて、進めるべきことが進められない。

 認知負荷がかかるというか、バイトの予定のことを考えるだけでも脳内のメモリの大部分がそれに持っていかれるようである。

 

 二年生の夏はこのようなことはなかった。

 何をするにも集中力が持たず、単純作業すらも覚束ない毎日である。

 

 日課だった読書すら、のめり込むことができずにいる。

 久しぶりに、読書に没頭する時間をとってみたい。

 

 

 新人Vtuberとしてデビューして、埋もれないためにはどうすればいいのかを考えている。

 

 私がバーチャル空間で快適に過ごすために、全財産のほとんどを費やしてきたことや、入念な計画を建ててきたことは、私と親しい人ならば周知の事実かもしれない。

 

 「リアルなんて捨ててやる」と傲慢に喧伝しつつも、技術・声質・テンションという重要な要素が欠けているのが、私にとって致命的である。

 

 バーチャル生活を送るために費やした金銭の回収が、Vtuberになった際のとりあえずの目標であるが、Vtuber界隈の現状を見るにそれは難しそうである。

 

 

 「フェアリス」という、それなりに有名な個人Vtuberの生放送を、私は偶然見かけた。

 放送タイトルは「個人Vtuberのこれからについて」であった。

 

 企業に属することなくVtuberを目指すものの端くれである私は、このタイトルに誘われるように彼女の放送を覗いた。

 

 放送の要旨を述べるならば、「個人VtuberVtuber全体のトップ層に占める割合はますます少なく、チャンネル登録者数も伸び悩んでいる。このままではVtuber界隈が企業一辺倒になってしまう」といった感じだろうか。

 

 それへの対策として、企業Vtuberとのコラボを個人Vtuber側からも積極的に仕掛けていくこと、配信より動画投稿を重視することをフェアリス氏は訴えかけていた。

 

 しかし、企業Vtuberとのコラボには多くのコンプライアンスが付きまとい、個人Vtuber最大のメリットと言っていいフットワークの軽さが犠牲となってしまう。

 

 さらに、動画投稿の質でも、個人が企業に打ち勝つことは難しく、これからはYoutubeプラス、どこかのクラスタに属しているVtuberでないと、個人での成長は難しいだろう、といったようなことを彼女は繰り返していた。

 

 

 Vtuberの動画を見始めて日が浅い私だが、「ごもっともだな」と思った。

 確かに、今個人で成長しているVtuber、例えばケリンなら、ニコニコの例のアレカテゴリでも活躍するという二足の草鞋によって、一定の成功を収めてる。

 必ず成功する、といったほどではないものの、これはなかなかに有効な戦略だと考えられる。

 

 なお、私も例のアレカテゴリには精通しているつもりではあるが、このクラスタネタは控えるつもりでいる。

 理由は簡単で、不手際を起こした際のリスクが跳ね上がるからだ。

 

 私自身が口の軽く、出来の悪いシニカルな人間なのは自覚しており、例のアレネタを挟めば、炎上の可能性は跳ね上がる、確実に。

 

 小ネタ程度ならまだしも、例のアレとはそれなりの距離を保とうと考えている。

 淫夢抜きのデトックス生活を送りたい、という目的もある。

 

 

 個人でVtuberを始めようとするなら、トークはもちろん、プログラミング、動画の編集、キャラメイク、SNSなどでの広報、必要に応じて歌唱力、ゲームのプレイスキル、最悪の場合は「中の人」の麗しい外見といった能力が要るようになってくるだろう。

 

 私はこのうち半分もカバーできていない。

 

 いくつかの工夫によって能力の欠如をカバーする用意はできているが、うまくいくかは不安である。

 これでこそ、挑戦し甲斐のあるというものだ。

 

 だが、企業に所属しているVtuberはこれらの能力を複数人でカバーしてくる。

 しかも、それぞれがトークの、プログラミングの、動画編集のプロフェッショナルである。

 これには流石に太刀打ちできない。

 

 では、どのように対抗していこうか。

 やはり、コンプライアンスを犯すしかないのか。

 コンプライアンスにも穴はあるんだよなぁ、ゴクリ。

 

 

 つらつらと、ただでさえ少ないVtuberに関する知識で、自分でもよくわからないことを綴ってきた。

 

 企業Vtuberと言っても、実態はマネジメントといった雑務のみを企業に委託している場合も多い。

 

 個人で余裕のあるVtuberは企業Vtuberともコラボをこれからも続けるだろうし、個人Vtuberの企業Vtuber化も止まらないだろう。

 最近では、のらきゃっと氏が新たに企業Vtuberに仲間入りをしていた。

 

 しかし、動画投稿はただでさえ人気商売であるので、Vtuberの人気の固定化は、新規参入のVtuberの人気低迷だけでなく、彼らのモチベーションの低下にも繋がっていくはずだ。

 ボトムアップで盛り上がった文化に、ボトムアップからの代謝が失われた後のことは、想像するのは難しくない。

 

 そのうち、個人勢は個性だけを求めた「一発屋Vtuber」が増えるであろうし、今のテレビ業界と似た構図になるのだろう。

 それすなわち、資本の持ったもの勝ちである。

 

 さて、私はどのように立ち回ろうか。

 

 動画の投稿頻度はもちろん、クオリティや、独自性もなければならない。

 腹に一物抱えてはいるものの、それが上手くいくかはやってみないとわからない。

 

 何より、一人で続けるのが辛いが、頑張ってみようと思う。

 BB素材を動かして、ホモビ男優の喘ぎ声を一日中聞き続けるのに比べたら、Vtuberの編集は幾分マシである。

 

 もし、チャンネル登録者が一万人を超えたら、このブログで報告しようと思う。

 

 越えなければ、静かに消えるのみである。

 

幼女の神様

8/14

 

  頑張ることに存外疲れてしまった夏。

 

 お盆になると、毎年のようにやる気がなくなってしまう。

 バーチャル世界に入り浸る計画のみが順調に進み、リアルが置き去りになっている。

 

 明日にでも外出して、気分転換しようと思う。

 京都に行って、あてもなくさ迷い歩くのも良いかもしれない。

 

 暑さにさえ耐えれば、あそこは楽しい場所だ。

 何の意味も無いと知っていながら、神社に参拝するのも退屈しのぎには最適だろう。

 

 

 高校生の頃、私は本気で神秘を探しに行こうとしていた。

 ループする毎日を男子校で垂れ流し、退屈に完全に精神をやられてしまっていた頃の話である。

 

 そのきっかけは、まとめサイト「神社でお百度参りして幼女の神様が見えるようになった」という記事を見たことだった。

 

himasoku.com

 

 この記事の内容をざっくり要約すると、奈良県天川村ニートの男性が、百度参りを3セット繰り返したら、千早の似合う幼女が見えるようになった、というものだ。

 

 この記事を見て、不思議な話とロリが大好物な私は、ひどく興奮した。

 必ず、かの幼女の神様を発見し、一言でも言葉を交わしたいと、不埒な情熱に駆られた。

 

 

 私はかつて、霊感のある子供であった。

 

 一か月に一度はそういうものが見えたし、それが「危ない」と感じていたから、周囲には言わないでいたまま、幼少期を過ごした。

 

 しかし、成長したある日、それらの「危ない」ものが、すべて錯視・錯覚の仕業であることに気が付いた。

 

 生気のない人影にこれまで見えていたものは、風に揺れる背高草であった。

 廃墟の窓からこちらを除く女の霊は、複雑に絡まりあった延長コードであった。

 実際は、何も危ないことはなかったのだ。

 

 このように十代を迎えて、私の生活からは神秘が急速に失われていった。

 「小さい頃は神様がいて」とは誰かが言ったが、そんなものは消え失せてしまった。

 

 そのような生活が続き、高校生になって読んだこの記事が、私の神秘に対する情熱を久しぶりにぶり返したのかもしれない。 

 

 

 天川村へ行こうと、あらゆるアクセスルートを私は探った。

 

 その結果、高校生にはあまりにも莫大な旅費と、半日近く片道の時間がかかることが明らかになった。

 外国より遠い場所、奈良県天川村

 

 天川村へ向かうのは諦め、もっと近い、神秘に触れ合える場所を探すことにした。

 

 その結果見つけたのが、旧生駒トンネルであった。

 

 旧生駒トンネルは東大阪市生駒市をかつて結んでいたトンネルであり、度重なる事故で百人近くが亡くなったいわくつきの場所である。

 日本トップクラスの心霊スポットの一つに数えられることも多い。

 

 私は、ここに行くことにした。

 

 

 大阪上本町から近鉄石切駅まで赴き、そこからは徒歩で旧生駒トンネルへと向かった。

 放課後、部活をサボり、目的地へと向かうことにした。

 

 携帯禁止の学校であったが、そのころから倫理観のねじ曲がっていた私は、当たり前のように持参していたスマートフォンの案内に従いながら、旧生駒トンネルへと向かっていた。

 

 長い山道を登りきると、旧生駒トンネルが見えた。

 

 周囲には監視カメラがいくつも配置されており、金網でできた柵で囲まれていたことから、侵入するのは不可能だと悟った。

 金網の合間からちらりと見えた旧生駒トンネルは入り口が分厚い鉄板で塞がれており、物々しい雰囲気を醸し出していた。

 

 期待外れの結末にがっかりしながら黄昏の街を歩いていると、黒バンが私の近くにやって来た。

 窓から顔をのぞかせたのは、金髪のリーゼントをしたテンプレヤンキーだった。

 

 彼に旧生駒トンネルの場所を突然尋ねられた私は、先ほど辿ってきた道を丁寧に教えた。

 礼を言ってから、テンプレヤンキーは去っていった。

 

 彼もまた、この後にがっかり感を味わうのだろうか。

 そんなことを考えながら、私は再び帰路に就いた。

 

 

 私が神秘を失ってから、十年がちょうど経つ。

 かれこれ、私は幼女の神様も、幽霊も見ていない。

 

 礼の記事を久しぶりに見返すと、「鳥居の形が男性の神のものであるから、幼女は神ではないのでは?」だったり、「スレ主は重度の統合失調症なのでは?」といった冷静なコメントが付いていた。

 神秘もへったくれもない。

 

 虚像の神秘を眺めて安寧に身を浸すか、真実を知ってそれでも神秘を求めるか。

 そのような二択を誰かに突き付けられたような気がした。

 どちらも選ばないのが、正解だろうか。

神にでもなったつもりかい?

8/10 曇り

 

 お盆でバイトが休みになったので、バーチャル世界で快適に生活するための準備などをしている。

 その他にもStanの勉強や、ラップサークルのPV製作など、しなければならないことは山積みである。

 

 それなりに充実している夏休みを過ごしているが、時たまに「二十歳のお前は、平成最後にこのような夏休みでいいのか?」と自問自答してしまうことがある。

 俗世の青春のイメージが、頭の何処かにしつこくこびり付いている。

 

 メディアを通じて二十年間、「理想の青春像」を刷り込まれた私は、その幻影から逃れられずにいる。

 忙しくしているうちは、そのようなことも忘れられるのだが。

 いい加減、亡き青春の幻影からサヨナラしたいものだ。

 

 

 地元の蔦屋でぶらぶらしていたら、「コケリウム」というものが展示されていた。

 コケリウムとは、小さめの水槽のようなアクリルでできた容器に、コケを敷き流木などを配置し、自然を表現するもの、らしい。

 

 コケは瑞々しく青く輝き、自然と触れ合いたいという欲求をいかにも刺激するような姿かたちをしていた。

 

 ふと、値札を見てみると、とんでもない高値が付けられていた。

 コケなのに。

 完全に顧客をコケにしている。

 

 

 人間の、自然を閉じ込めたいという欲は深い。

 

 昔は博物学から始まり、現代のコケリウムにまで至る系譜が、それを物語っている。

 

 生活に用いるだけでなく、娯楽として、インテリアとして、私たちは自然を消費してきた。

 今では街路樹が植えられていない住宅街を見かけないことはないし、公園のない都市も見かけない。

 

 マクロ的に、どちらも自然が再現され、市民に所有されるという形で、多くの人々に自然が消費されている。

 水族館や動物園も、権利者は違えども、同じような例に当てはまるかもしれない。

 

 ミクロ的には、これまでアクアリウムや、観葉植物が個人によって所有され、消費されてきた。

 ペットにも、そういった側面があるのかもしれない。

 

 

 自然を所有することについて、「神にでもなったつもりかい?」なんて皮肉が脳裏に浮かんだ。

 

 実際は、自然を所有することに関して、是非は問えない。

 それをすること自体ナンセンスである。

 

 自然を所有するという人間の営みは既に社会から取り去ることが不可能であり、それを「普通」として生活していくしかない。

 現代において、コンクリートと鋼鉄のみでどこまでも「人工」で形成された街のほうが、どこか「不自然」である。

 

 私たちが「色」と共に何気なく生きているように、自然を所有している状態を通常として、これからも生活していくよりほかはない。

 

 

 人が自然を所有することについて、偉そうに上から目線で述べてきたが、私自身もかつては自然を所有することにハマっていた。

 

 幼少期、虫かごに落ち葉と腐葉土と、数匹のハサミムシを入れて、羊羹色の箱庭世界を作り上げたりよくしたものだ。

 

 虫たちは次々と餓死していったが、子供ゆえの残酷さからか、それとも元々道徳心が備わっていなかったのか、その箱庭に次々と虫を投入していった。

 

 虫たちにとって、そこは確かに生き地獄だった。

 もしくは、畜生道に堕ちた者たちへの救済だったのだろうか。

 

 少なくとも、もし地獄があるなら、私も多くの人たちと同じように、地獄に落ちるだろう。

 

 地獄では、きっと鬼たちも、自然を所有しているに違いない。

 

 私の地獄は薄暗く、鬼たちの生活の一部となった枯れ木や泥水がどこまでも続き、巨大なハサミムシが跋扈するようなところだろう。

 

 そこで、私はハサミムシに身体を齧られ、しばらくしたら再生するという責め苦を果てしなく受け続けるのである。

 

 さらには、「地獄ハサミムシの迷路学習」なんて論文を地獄心理学会に投稿して、リジェクトされたりするのも面白いかもしれない。

 

 

 西洋では神が死に、日本では自然が死んだのだろうか、ということをぽつりと考えた。

 

 絶対的なものが死ぬ時というのは、きっとそれらへの畏怖を人々が忘れた時なのだろう。

 

 災害により自然への畏怖はたびたび引き起こされるが、一年も経たぬうちに、記憶からその時のことが薄まってしまう。

 

 私はどんなに大きな災害でも、亡くなった被災者の名前を誰一人言うことができない。

 恥ずべきことだとは思うが、「被災者の名前を口に出せるようになるために、被災者の名前を覚える」ということは冒涜的だと思うので、未だに彼らの名を知らないままでいる。

 

 私のように、他人の痛みに鈍感な人間なら、畏怖を忘れることは猶更だろう。

 

 自然への畏怖を忘れ、自然を所有し消費する。

 気が付けば、そんな日常に再び逆戻りである。

 

 今年の夏は、まだ海にも山にも行っていない。

 自然に囲まれるという経験をすることなく、夏が終わりそうだ。

 

 自然への畏怖と、理想的青春を失いながら、私の平成は過ぎ去っていく。

 

ばぶー

8/8 晴れ

 

 東大での三日間の集中講義が終わって、冷たい毎日が帰ってきた。

 

 Stanコードの構文や、ベイズ統計モデリングの数学的背景が少しは理解できたような気がする。

 まだまだ知識不足が否めないので、復習や自学習が必要である。

 

 高校の頃に数学をサボったツケを、今になって払わされている。

 かつての偏差値35は伊達ではない。

 せめて志は高いまま、キープしていこう。

 

 最近は、また塾講のバイト漬けの生活を送っている。

 統計と英語を勉強する時間は、意地でも確保したい。

 

 

 心理学の勉強をまったりと始めてから、二年半が経った。

 

 大学受験が終わってすぐ、私は心理学関係の本を読み始めた。

 

 ついでに、最初に手に取った心理学の本は「グラフィック心理学」だった。

 心理学の基礎知識が、多くの図解をもって分かりやすく説明されている一冊だった。

 「この選択は間違っていなかった」と今でも思える良書である。

 

 

 高校生の頃、私は勉強をサボりにサボっていたので、大学生からは本気で学問と向き合ってみようと、自分を奮い立たせていた。

 

 高校で勉強を頑張って、大学で遊ぶのが日本のステレオタイプ的な学生生活だと思うのだが、私はそれに真っ向から逆行しているようだ。

 どちらの人生もアリだと、今では思える。

 

 それは、現在の私が比較的退屈に心を蝕まれていないからだろう。

 そのうち、またヤリサー叩きでも始めてしまうかもしれない。

 

 退屈は本当にいけない。

 これに心をやられると、何事にも価値が見いだせなくなる。

 

 ある意味それも一つの現実のようだが、夢見心地で生活する程度が、ちょうどいい気がする。

 

 

 ともかく、18歳の始まりから今に至るまで、私は淡々と勉学を進めてきたつもりだ。

 それでも、頻繁に自分の知識不足を感じる。

 

 例えば、教授と話する時などは、自分の知識の軽薄さと、相手のこれまで積み重ねてきた鍛錬のあまりの差に、言葉を発することが難しくなる。

 自分の発言のすべてが薄っぺらく、つまらないことのように思えてくるのだ。

 

 東大での集中講義の際にも、自分の知識不足を感じた。

 Rといったソフトウェアを日常的に使っていない(もしくは、そのような環境になかった)私は、他の受講生を前にあたふたするしかなかった。

 こういう時に、自分の無力さをしみじみと感じてしまう。

 

 

 こういったことを考えるときに、ある学者が学生時代、指導教員から貰った言葉を思い出す。

 

 それは「知的人生の始まりは18歳からだよ」というものである。

 

 この言葉を反芻するたび、自分のこれまでの勉学の積み重ねがたかが二歳児程度のものであるという事実を噛みしめている。

 

 知的人生を二十年以上生き延びてきた教授に歯が立たず、萎縮しながらあぶあぶ言うしかないのも納得できる。

 相手は知的人生の先達なのだから。

 

 私など、下手したら何かについて語る言葉すら獲得できていないかもしれない。

 

 集中講義で出会った人たちは、R歴を人生とすると、相対的に私の数歳先輩といったところだろうか。

 私に至ってはゼロ歳児である。

 もう喃語を発することしかできない。

 ンゴwww

 

 

 私の知的人生は始まったばかりであり、むしろこれからが正念場ということができるだろう。

 

 また、ある面では、私も誰かの知的人生の先輩なのかもしれない。

 ぼやっとしていると、すぐに発育が抜かされそうなので、私も負けじとすくすく育っていきたいものだ。

 

 知的人生の第一成長期のさなか、次に私が迎えるのは「いやいや期」だろうか。

 学部の先輩や院生を見ていると、何人か「学問いやいや期」に突入している気がする。

 

 私自身、手のかからない子供でありたいものだ。