きんこんぶろぐ

大学生の私が日々思うことを綴っていくブログ

日記:被れば尊し我が帽子

6/24 曇り 

 クッソ暇な休日。やることは多いが、全く進捗がない。しらみつぶしに課題をこなす毎日。なんだかいつもするべき課題が溜まっているような気がする。暇なのか忙しいのか、自分でも分からない。

 それでも、パワーを持て余している感じはするので、発散できる場を探そうと考えた。もはや読書では心が満たされない。無知だった頃の自分は5000兆光年ほど遠くに行ってしまった。

 

 帽子をかぶる機会が減った。あえて減らした、と言ったほうが正しいかもしれない。

 そもそも、なぜ私が帽子をかぶっていたかというと、単に実用的だからだ。朝、かぶるだけで寝癖をなかったことにできるし、虫の大群に帽子を盾にして突っ込むこともできるし、落石から身を守れる。日除けにもなるし、冬の冷たい風も防ぐことができる。これほど実用的な道具はなかなか無い。

 では、なぜ帽子を外そうと思ったのか。それは、夏は帽子が役立たずだからだ。黒入りの帽子なので、暑いし、虫も最近はそこまでいない。首も疲れてきた。これほど実用的でない服装はなかなか無い(自己矛盾)。

 

 帽子を外して初めて、これが自分の確固としたアイデンティティーになっていることを実感した。私が帽子をかぶっていたのは、ほんの一年の間でしかないのに。

 実は、私も入学後の数日間はワックスをつけて学校に通っていた。それをやめたのは、準備が面倒くさいし、ワックスをつける意味がないように思えたからだ。そして、代わりに帽子をかぶり始めた。

 当時は、まさか一年も帽子をかぶり続け、それが私のトレードマークになるとは思いもしなかった。結果的には、帽子をかぶっていてよかったと思う。同じく帽子をかぶる同志に出会えたし、皆がすぐに私に気づいてくれるようになったのは大きい。

 また、帽子をかぶった人が全員、私に見えるという話も聞いた。私イコール帽子と周囲に条件づけられたことは、密かに嬉しいことでもある。周囲が気づいてくれるというのは僥倖である。逆に言えば、誰にも気づかれないというのは辛いことだ。つくづく、個人の存在は周囲によって規定されているのだと思う。

 

 ともかく、帽子とはしばしの別れである。

 帽子を被らなくなっても、意外と皆が自分に気づいてくれたことが喜ばしかった。結局、私個人も帽子に劣らず、強烈な個性を放っていたらしい。友人曰く、オーラで私に気づくとのこと。そこまで変な気は放っていないはずだが。

 その、邪なオーラを抑えてくれていた帽子に感謝の念を込めて、今日の日記を終えたい。

 ぼうち、ぼうち、ぼうちんこ!!!!

日記:日記

6/23 曇り 

 小林麻央氏が亡くなったが、地球は相変わらず回っている。

 若くして死んだという事実は、いつまでも不幸として取り沙汰されるだろう。芸能人に対する墓暴きは無くならない。どうか、彼女の関係者たちの心が晴れますように。

 そして、私はビジネスプランコンテストに落選した。

 我ながらいいアイデアだと思ったのだが、不思議な力が働いて選ばれなかった。プログラミングを始めて復讐するまである。

 何より、不登校支援のバイトの先輩が二次審査に進んだということが気に食わない。

 なーにが「インターン with 大学」じゃ! 意識高い系顔面アンパンマン野郎め。おかげで、しばらく勉強を続けることができるモチベーションが湧いた。他人への嫉妬で生きていく。いっそ筒井康隆のように、審査員を抹殺する小説でも書いてやろうか。

 書きたいことは多いのだが、それを書くには時間も体力も不十分なので今日はここまで。

 迫る七夕、枯れる心。

日記:ふたなりジャッカル

6/19 晴れ 

 本格的に、心理学や英語の勉強を開始した。自発的に勉強するというのは、やはり良い。充足感と疲労感がいい感じに退屈な日常にテイストを添えてくれる。しかしながら、人と違う勉強を継続するというのはそれなりに辛い。

 「耳をすませば」の雫のお父さんの言葉に「人と違う生き方は、それなりにしんどいぞ。何が起きても誰のせいにもできないからね」というのがある。

 全くその通りである。止めるつもりは、端から無いが。

 

 学術誌ばかり読んでいては、変な方向に尖りすぎて不味いことになると思い、自己啓発本に手を出した。「GRIT」という、それなりに売れている本を読んだ。

 成功者は、生まれ持っての才能というよりは、やり抜く力を兼ね備えているということを様々な事例から説明した本だった。

 「一年間以上、本気で何かに取り組めば成功者になれる」と書いてあったが、読書に本気を出してきた自分が成功も何もしていないので、タメにならなかった。

 自己啓発本なんてそんなもんである。迷っている人が背中を押されるために、自己啓発はあるのであって、一人でどこかに突っ走ってしまうような奴に啓発は必要ない。そろそろ、何らかの論文コンテストで入賞して報われたいものだ。

 

 必要のない知識が増えてきた。

 地球が約60億年経てば太陽に飲み込まれることや、時間は未来から過去に流れるものだ、といった知識はまだ良い。自分の世界観を変えるかもしれないし、超低確率で、その解決に関わるかもしれないからだ。本当に、その確率は低いが。

 だが、ジャッカルはメスに偽物のチンコが付いていることや、人には乳首が実は4つあることは、いつ使えばいいのだろうか? 

 俺はジャッカルのメスがふたなりだという事実だけで、ご飯が3杯食べられるようなケモナー兼変態でもないし、人の第3、第4の乳首をいじくりまわす趣味も持ちわせていない。これまでも、おそらくこれからも全く使わない知識だろう。

 これらの無駄知識が私の脳みそを着実に侵食しつつある。しかも、この無駄知識は有効活用が死ぬほど難しい。人の乳首の話を語学のクラスで披露したら、残酷なほど微妙な空気になってしまった。生き恥。

 さらに、無駄知識は覚えているのに、人の顔は覚えられない。そんな馬鹿馬鹿しい事態に見舞われている。人に興味がないのか、無駄知識に興味があるのか。悲しいことに、そのどちらも私は当てはまっている。

 新しい人に出会うよりも、一つの使い所のない知識を優先する。そんな人間にいつしかなってしまっていた。真っ当に生きたい。

 

 この期に及んで、教養を身につけることの意味を考えた。

 リベラルアーツを読者に勧める本では、「教養を身につけることが、この先の厳しく、予測不可能な時代を生きていくことに役立つ」と申し合わせたように述べられている。

 私はまっっったく、そう思わない。生きることはいうほど厳しくないし、教養を得て『全ての事象は予測不可能だ』ということを知り得たからだ。

 教養は物事を予測するために身につけるのではない。あらゆる物事が予測不可能だと知るために、教養を活用するのだと考えるようになった。

 考えてみれば、太陽が地球を飲み込むかどうかなど、まだまだわからない。人類が生きてきた時間はあまりにも短すぎて、まるでデータが足りないのだ。予測は仮説である。時間が未来から過去へと流れるのはメタファーであって、実際は時間なんて、ただの物質変化の指標にしかならないのかもしれない。しかし、これも断言はできない。

 既存の知識に、別分野の知識や、磨き上げた鑑識眼を持って挑みをかける。それこそ教養を身につけることの醍醐味だと思う。別分野の知識を統合し、この世の不確実性を実感できれば、そこには誰も知り得ない未知の世界が広がっている。

 深海や宇宙、人の頭の中に潜む神秘に、未だ人類はたどり着けていない。飛行機が飛ぶ原理も不明なままだし、天気予報が外れることも多々ある。

 ここに、教養を得ることの楽しさ、さらに言えば、この世界に生きている楽しさもあるのだと思う。

 

 まだ見ぬ世界を探求するということは、まさに生物の歴史そのものである。

 海で生まれた生物は陸へ、空へ。そして遂に星を抜け出そうとしている。生活空間だけでもなく、生活のいたるところに、フロンティアは存在する。

 つい最近まで、人はテントウムシが羽を広げる仕組みさえ知り得なかった。この発見は、人工衛星のパネルへと応用されようとしている。

 一見、無駄知識に見えても、実は使える知識というのは、結構あるのかもしれない。そういったものを含めて楽しむのが教養なのだと思う。

 まずは、ジャッカルのメスの偽ちんぽを楽しむため、ケモナーになろう。

日記:ボォクは人間じゃないんですぅ本当にごめんなさぁい

6/13 曇り 

 中芝で写真を撮りあった、以上。予定がなければ、ラインも鳴らない。

 今更ネタバラシしておくと、前回の日記でたった一つだけ嘘をついた。それは、「彼女」がそもそも存在しないということだ。O高校というのは大手前高校をモチーフにした。

 私がつまらぬプライドで理系を選択したのも本当だし、友人は医者になるため未だに浪人中だし、学年最下位になったのも本当だし、勉強を友人に教えてもらったのも本当だ。ただ、彼女は存在しない。

 彼女が存在したと仮定すれば、高校時代の私の奇行にすべて説明がつくのが恐ろしい。

 実は私が忘れているだけで、彼女は存在したんじゃないか、と一瞬考えた。

 しかし、彼女は存在しないし、私にそういう好意を抱いている女子も、少なくとも私視点では存在しない。あるのは私の奇行だけだった。誰か助けてくれ。フィクションよりも、現実は奇怪である。

 

 最近、ロクに人間らしいことが出来ていない。世間の風潮に真っ向から反発しているような気がする。

 ファッションをせず、髪を染めず、働かず、遊ばず。学生の本分を貫き徹した結果がこれである。でも不幸せではない。

 むしろ、近頃は毎日が非常に充実している。これまで漠然と過ごしていた時間を、自分のことに注ぎ込むようになったからだろうか。

 さらに、思考がクリアになったり、真面目に何かについて話す場面が増えたような気がする。クソ思考しかしていなかった頃と比べると大きな進歩である。でも、人間らしいことができていない、マジで。

 

 それは、衣食住や恋愛、宗教、集団という、人間の文化の根底を成す物事と疎遠になってしまったからだろう。

 不思議の国のアリスの「赤の女王」のように、周囲が世間のファッションに遅れないように疾走していくのをぼんやり眺め、食事は漫然とこなし、図書館とベッドを往復するような生活を続けている。

 遂に、恋愛を現実に存在する物だと信じられないという境地に達し、不可知論者であることを掲げ続け、あらゆる集団に属していない状態がここ最近はずっと続いている。繰り返すが、不幸ではないのだ。

 ただ、かなり自分を見失っている。アイデンティティーの置きどころを完全に見失っている。

 

 ここで日記を書くのを諦めた。失言が飛び出てしまいそうだし、解決方法が思い浮かばないからだ。

 しばらくは、地道に勉学を続ける生活になりそうだ。何の見返りもなく、力を蓄え続ける日々というのは辛いものだ。いつかは真人間に生まれ変わる日を信じて。蛹は今日も羽化を待つ。冬虫夏草に侵されないように。

日記:残像

6/10 晴れ 

 梅雨入りしたが、二日続けて晴れている。相変わらず暑い。

6月も、あっという間に三分の一が終わってしまった。夏は長いようで短い。為すべきことは為せているだろうか。

まさに「曾子曰く、吾日に我が身を三省す。人の為に謀りて忠ならざるか、朋友と交わりて信ならざるか、習わざるを伝えしか」である。風呂場で自問自答する日々。

 

 ある少女の話をしようと思う。彼女は私の人生のある一時期で、とても大切な友人だった。今でも、夏が来るたびに彼女のことを思い出す。

 

 彼女に初めて会ったのは四年前、私が高校一年生の頃の初夏だった。

 ある日の登校途中、朝の電車で中学校の頃の友人に会った。友人は、府内の偏差値の高いO高校に通っていた。そんな彼の隣に、彼女がいたのだ。

 ミディアムヘアの艶のある黒髪に、陳腐な表現だが、陶磁器のような白い肌。初めて見たときから、紛うことない美人だと思った。どうやら、彼女は友人とO高校で知り合ったらしい。

 当時、男子校に染まりつつあり、女子へのコミュニケーション・スキルが減退していた私にとっては、初対面の時、彼女をとても手強い相手だと感じたものだ。

 結局、そんな当初の不安は杞憂に終わった。彼女のコミュニケーション・スキルが優れていたおかげか、それとも友人のそれも優秀だったおかげか、私はすぐに彼女と仲良くなった。

 その日から、携帯をいじるか、他愛のない話を友人とするしかなかった私の登校は、とても華やかなものになった。今振り返れば、あの朝の時間のおかげで、男に囲まれ腐りきることもなく、それなりに楽しい時間が過ごせていたんだと思う。

 

 誰もがそうであるように、高校生の時間というのは直ぐに過ぎ去ってしまう。息つく暇もなく、私たちは高校二年生になった。

 そのうち、文理選択の時期がやってきた。彼女や友人は、さも当然かのように、理系を選択した。二人とも、進学校に通っているからか、とても頭が良かったのだ。

 かくいう私は、学期末テストで学年最下位の成績をマークしたところだった。良いのは国語の成績だけで、数学はおろか、化学や物理といった主要な理系教科は、思わず目を覆うほどのひどい成績だった。

 「いい加減勉強すればいいのに」と、二人やその他諸々の友人にも言われたが、とにかく勉強するやる気が起きなかった。

 「君たちは勉強をすることに何の苦痛も抱かないんだろうが、俺はとにかく辛いんだ! そうじゃねえと受験に落ちて私立になんか来ねえよ!」とつくづく思ったものだ。今でもそう思っている。

 結局、私立専願に身を落とすことを良しとしなかった私は、理系を選択した。二人の影響なのか、つまらぬプライドの所以か、もしくはその両方のせいだろう。後々、指定校推薦に全敗した私は受験期に突然文転するのだが、それはまた別のお話。

 落第を避けるため、勉学による激痛に身を悶えながら、その頃から二人曰く「最低限」の勉強を始めた。朝、彼女や友人に会えば、彼らは親切に確率やモル濃度の計算について教えてくれた。教えることが最高の勉強法だと、二人は熟知していたのだ。

 彼女は京都大学の理学部志望、友人は医学部志望だった。目指している場所がまるで違った。それでも、二人にいつかは追いつきたいと、ぼんやりと私は考えていた。

 

 別れはいつも突然に訪れる。友人に、彼女が亡くなったということを伝えられた。交通事故らしい。彼女と出会ってから、ちょうど一年経った頃だった。

 明るかった友人は、しばらく口数がめっきり減ってしまった。

 私はその事実を受け入られられなかったのか、悲しくはならなかった。あまりにも突然のことだったので、彼女がいなくなってしまったという実感が湧かなかったのだ。呆けたように、登校する日々が続いた。

 学校では意識しなくても、平常のように過ごせた。悲しさを感じられない自分に腹が立ったりもした。それでも、涙は一滴もこぼれなかったし、悲しい気持ちになることもなかった。

 時間はあっという間に過ぎて、夏休みが始まった。私は出席できなかったが、その頃には彼女の葬式も、お別れ式も全てが終わった後だった。

 

 すぐに夏休み中の夏期講習が始まった。忙しさからか、彼女のことが頭から抜け落ちることも多くなっていた。

 そんなある日、友人に電車の中で会った。彼もその頃には、幾分元気を取り戻していた。

 彼との会話の最中、自然な形で、彼女のことに関する話になった。友人は私の知らない彼女の生前のエピソードを語ってくれた。

 料理が下手で、バレンタインのチョコレートは全て購入したものにしているということ。

 極度の方向音痴で、課外学習の時に一人迷子になったということ。

 運動神経が悪くて、サッカーのリフティングが3回しかできないということ。

 私にそれらのことを秘密にするように、友人に頼んでいたということ。

 彼女が、私に一定の好意を抱いていたということ。

 どのエピソードも、私にとっては意外なものだった。

 思わず、彼女の「今の場所」を訪ねる言葉が、口をついて出た。友人が教えてくれたのは、H市の大きな霊園だった。

 

 次の休日、私はそこへ赴いた。友人に教えられた場所を大きな看板で発見して、無事辿り着くことができたのを覚えている。

 自分の他に人がいない、静かな緑に囲まれた霊園だった。

 そのうち、彼女の名字が刻まれた、綺麗なお墓を見つけた。訪ねる人は多いのか、多くの花が手向けられていた。

 ふと、暮石の側面に、刻まれたばかりの彼女の名前を見つけた。

 私はしゃがみこんだ。不意に、人差し指がその名前を撫でた。

 その時、とめどない悲しみが私の胸を打った。悲しみは濁流のように押し寄せてきた。嗚咽が止まらなかった。

 ようやく、彼女がいなくなってしまったことを、私は理解したのだった。

 

 今でも、彼女のことを思い返すことがある。駅のホームで、木々の合間に、夏の透き通った空に、彼女の面影を垣間見る。

 友人とは、今でも時々会っている。医師資格の獲得に向け、日々精進しているようだ。

 かくいう私も、無事大学生になることができた。最近は、二人に追いつけるような算段もついてきた。これも二人のおかげなのかもしれない。

 彼女は、もう友人とも、私とも会うことができない。

 でも、もし、彼女と会うことができたのなら、「また会ったね」と気軽に声を掛け合うことのできる仲でありたいものだ。

 だから、「また会おうね」と、今は別れの声を掛けておこう。

 私が見ていたのは、あまりにも世界を早く駆け抜けた、彼女の残像だったのかもしれないのだから。

日記:生きた証、西明石

6/1 曇り 

 Macbbokのトラックパッドが故障したので、しばらく修理に出していた。それが帰ってきたので、再び日記を書き始める。と言っても、日常にそれほどの変化はない。プロポーズの言葉コンテストが受賞できなかったくらいである。なんで?(殺意)

 

 西明石という駅がある。JR神戸線の終点である。多分、西明石があるのだから北明石もあるのだろう。

となると、「生きた明石」があってもいいのではないか? 生きた明石駅、格好良すぎる。

 

 西宮北口という駅がある。阪急線のデカい駅である。無限に湧き出すウェイを狩り続けることのできる、絶好の経験値稼ぎの場としても有名である。

西宮北口があるのなら、西宮下口があっても良いのではないか? ククク、西宮北口ではそう言っていても、西宮下のお口は正直じゃねえか……

 

 最近、脳細胞が大量死しているのかどうか知らないが、先述のことのような、すっげえバカなことをよく思いつく。

こういうことを安易に口に出していいのか? というのが近頃の私の悩みのタネである。

 

 それよりも、この頃私がもっと悩んでいることは、先ほどとは真逆で、小難しいことを考えているのを発信したほうがいいのか、ということだ。

小難しいことを発信することは困難だ。絶対に、それを見ている誰かに不快な思いをさせるし、それが原因で人間関係がもつれることがあったら、非常に面倒臭いことになる。

私は人間関係がこじれている状態に耐えることができない。周りを見ていて「よく耐えることができるな」とつくづく思う(ここ叩かれポイント)。

 

 実は、私は物事をズバズバ言うことのできる人を内心リスペクトしている。それと同時に、個人的な意見を堅く自分の中に閉じ込めることのできる人も尊敬している。全く、自分はどっちつかずである。まあそれが役に立った時もあったのだが。

ともかく、本気で自分の意見を伝えると言うのは難しい。多くの人が見るTwitterや、このブログでもそうである。現実場面の方が本音を語りやすいように思える。

これに関しては、まるで解決策が思い浮かばない。結局は、自分の言葉が永久的にログとして残ると言うのは「怖い」ということだ。用心しなければ。

 

 滅茶苦茶アホなことを考えるのと、小難しいことを考えることの絶妙なバランスが、私の生活を突き動かしている。そして、この原動力はほとんど語られることがない。沈黙の自転車操業である。

思考のバランスを整え、日頃の行いにも気を付けたい。暴走しがちな童貞ほどタチの悪いものはないのだから。

日記:読書のデメリット

5/23 晴れ 

 「NO.1に聞け」的なタイトルのテレビ番組で、芦田愛菜が読書家として登場していた。小学校のうちに1000冊読んだという。読書家が推すナンバーワンの本は何か、というインタビューに笑顔で答えていた。いや、俺に聞きに来いよ。小学生と張り合う大学生、タチが悪すぎる。

嘆いていても仕方がないので、芦田愛菜が推していた山中伸弥氏の自伝を図書館に借りに行った。すでに借りられていた。悔しさと、自分と同じような考えの人がいることへの安心感。なんだか救われた気持ちになった。

 

 自分がなぜ読書をしているのか分からなくなったので、読書のメリットをゆっくり考えてみた。

知識を得ることができる、語彙力が増える、話題が増える、以上。マジでメリットがあまり思いつかない。

Googleで検索してみても、アイデア力が身につく、人間力が身につくなど、曖昧で概念的なものしか見つからなかった。少なくとも、人間力が身につくというのは大嘘である。そもそもなんだよ、人間力って(哲学)。あらゆる物事に対する猜疑心が身についたのは確かである。

 

 ならば、逆に読書のデメリットを考えてみよう。

視力が悪くなる、虚無感に駆られる、周囲の物事が色彩を無くす、以上。

こちらもGoogleで検索してみたが、あまりロクなデメリットが検索結果に出てこなかった。そこまで、読書が崇高な行為だとはとても思えないのだが……。

実は、未だに自分が読書をしていて何かの役に立ったという実感があまりない。ブルーハーツの「情熱の薔薇」ではないが、自分が学んできたことが全てデタラメだったら面白いだろうなあ、というのが現在の自分の素直な感想である。そんな気持ち分かるでしょ?

 

 読書で得た知識が活かせていないのは、まさしく己の怠慢の所為である。知識を活かすため、ディベートサークルに入ろうかと悩んだ時期もあったが、人間関係が険悪そうなのでやめた。

そもそも、自分が理論武装をして物事について語って良い結果を生んだ試しがない。所詮は人を無為に傷付けることへの恐怖故のジレンマである。

人を傷付けるということは、大抵は無意識に行われ、行為者がそのことに気が付くのは事後だ。その事実が人を傷つけることの恐怖の源泉である。その時に、自らの理性が全く働かないことの哀しさ。

 

 読書とは孤独な行為である。読書中、自分と本以外にこの世界にある、あらゆる対象は消え失せる。

その上、その本にふれる他に、誰にも理解することができないような知識が蓄積される。化学物質がプランクトンや小魚、より大きな魚、水鳥を経由して猫に辿り着き、その猫が狂い出すのと同じ原理である。おつむがイタイイタイ病。知識とは毒にもなる。誰かにその矛先を向けることも容易い。

読書はメリットだらけなのではなく、そういう見方もできるということだ。ネガティブ思考な文章は読んでいてあまり気持ちの良いものではないが、ある側面では正しいことでもあると思う。うつ病患者が一般人に比べ現実をそのまま認知する能力に長けているように。「普通の人は日々、夢心地で生きているんだと思う」、そんなうつ病患者の言葉が脳裏に浮かんだ。まぁ、私は最近ハッピーだが。ハッピー!

 

 最近、自分の知識の吐き出し口として、小論文コンテストに応募をしている。どれも表彰された時の副賞の金額が高価だ。最高50万円の物もある。お小遣い稼ぎ程度に入賞したい。ようやく見つけた知識の排水溝なのだから。

己の凡才に溺れることがないように心がけたい。