きんこんぶろぐ

大学生の私が日々思うことを綴っていくブログ

学年ビリのオタクが1年で大阪大学の編入試験に不合格した話 中編

 

 こうして、私は志新たに受験勉強を始めたわけだが、これまでの目を背けたくなる失敗を繰り返してしまうかも、という心配があった。

 

 大学生になってまで、時間を無駄にするわけにはいかなかったので、日常生活の根本から改革し、勉学に取り組もうと考えた。

 

 受験勉強を始めるにあたって、私が気をつけた点を以下に述べる。

 

 

 このたった三つである。

 

 とにかく、以前の失敗を顧みて、健康的で勉強に集中できるような生活を心掛けた。

 

 ニュートンは研究に全力を注ぐため、オナ禁は愚か生涯童貞を貫いたという。

 

 そのくらいの気概が私にも必要だと思った。

 

 1年間読書や勉学を積み重ねてきたのだ。今回こそは受験に成功するだろう。

 

 そんな、これまで努力に裏付けられた自信が心中にあった。

 

 

 3年次編入は情報戦である。

 

 情報を多く取り揃えたものが勝利する。そんな記述をインターネットの海で見かけた。

 

 全くその通りだと思った。まずは相手を知らなければ話にならない。

 

 私には、編入試験についての知識が明らかに不足していた。

 

 受験勉強を始める際、まずは情報を集めようと思い立った。

 

 

 とりあえず、入試験の問題が分からなければ対策のしようがないので、大阪大学に過去問を取りに行くことにした。

 

 大阪大学では、大学院試験や3年次編入試験の過去問をそれぞれ一年分だけ配布している。平日限定である。

 

 人間科学部の棟に着いた後、2階の受付に行って過去問の見本を貸していただいた。

 

 「これを近くのコピー機で印刷し、返却してください」と、懇切丁寧に伝えられた。

 

 私はビビリなので「もし他大学の学生だとバレて、冷たい視線を向けられたらどうしよう」と思いながら行ったのだが、見事に杞憂であった。

 

 

 受験教科は英語、小論文、専門科目の三教科である。

 

 この順番で試験が行われ、3教科が終わった後に口頭試問、つまり面接がある。

 

 

 英語の問題はどこかの専門書や、論文から引用してきた長文が用いられていた。

 

 一つの大問に二問ずつ和訳や日本語での説明を求められる問題があった。

 

 長文の量はそこまで多くはなく、大問一つあたり250語くらいであった。

 

 長文の話題は介護ロボットの是非やレジリエンスの説明など、やはりというか、社会科学に関連したものばかりであった。

 

 

 小論文の問題も、英語と同じく社会科学系のトピックであった。

 

 ただ、英語と違い日本語であるぶん、文章の内容の難易度は高く、人間の認識やクオリアについて問われるなど、人文・自然科学の基礎的な知識も求められるものだった。

 

 大問は二つで、それぞれ小問が一つずつ。

 

 内容は、要約と自分の考えを述べるというものだ。典型的な小論文の問題だった。

 

 

 そして専門科目である。

 

 大問は二つであり、一つが自由記述式の小論文、もう一つが語句について説明する小問が五つあるものであった。

 

 自由記述の小論文は、人間が新奇な環境に適応することを行動学的立場から説明することが求められ、漠然とした問題にどう自分の論を組み立て論じて行くかが鍵になっているように思えた。

 

 一方、小問では幅広い心理学の領域から単語が出題されており、中には「ツァイガルニク効果」など、相当その分野の詳しい知識がないと説明することができないような言葉もあった。

 

 

 過去問が1年ぶんしかないのは少し備えに不安があるように思えたが、問題形式がわかっただけマシであった。

 

 問題形式が分かれば話は早い。

 

 英語は短めの長文を読解し、和訳する練習をすればいい。

 

 小論文はこれまで通り読書で幅広い分野の知識を養い、論理立てて文章を書く練習をブログなどで行う。

 

 専門科目は小論文の練習とともに、心理学の知識をさらに培っていけばいい。

 

 少し視界が開けたように思えた。

 

 

 では、口頭試問はどのようにこなせばいいのか。これがいちばんのネックだった。

 

 面接で何が聞かれるのかは大体見当がつく。

 

 「大学に入学できたら何を勉強したいか」、「なぜこの分野に興味を持ったのか」、「これまでどのような本を読んできたのか」、そのようなことを、おそらく聞かれるだろう。

 

 口頭試問は志望理由書に基づいて質問が飛ばされるのだろうと、私は予想した。

 

 志望理由書とは、願書を出すときに併せて、自分の出願への経緯を載せて提出する用紙のことである。

 

 この用紙に、自分の志望分野や受験への想いを約600文字でまとめなければならなかった。

 

 これを作る過程で、大学入学後のことや、自分の興味関心についての自身の考えをまとめていこうと考えた。

 

 口頭試問の本格的な練習は、編入試験専門の予備校にでも入っていなければ、なかなかできないものだ。

 

 実際、このような予備校に入学し、大学や専門学校を半年から一年休学して編入試験に挑むものは多い。

 

 予備校のサイトで合格者を見ていると、大体がそのような者たちばかりであった。一方、私は休学することなく試験に臨むことになる。なかなかにこれは厳しい。

 

 口頭試問の練習ができないのなら、自分の考えをあらかじめまとめておき、本番に素直に答えて矛盾が出ないようにすればいい。

 

 自分の考えをまとめるため、志望理由書を私は利用した。

 

 志望理由書には以下のように書いた。全文ママである。

 

 私は、人間の集団内での規範意識について研究したいと考えている。いじめなど集団内で逸脱行動が発生する仕組みを探求していきたい。そのために、私は大阪大学人間科学部で、その研究に必要な知識や研究方法を学びたいと思っている。

 

 私がこのように考えているのは、大学一年生の時、不登校支援のボランティアを一年間したことがきっかけだ。私は初め、臨床心理士になることを目指していた。しかし、支援を行なっていくうちに、臨床的なケアだけでなく、彼らを不登校に至らせない環境を形成することも必要と考えるようになった。

 

 心理学検定一級を取得し書籍を読んでいくにつれて、社会心理学の領域に魅力を感じ、行動生態学にも興味を持つようになった。だが、現在の自分にはこれらの分野の知識が不足しており、現在の大学では学ぶことのできない知識を大阪大学で身につけたいと考えた。社会心理学の領域ではグループ・ダイナミクスなどの知見を参考にし、自分の研究を深めていきたい。また、行動生態学の領域では霊長類と人間の規範意識にどのような類似や差異があるかを研究したい。

 

 今後は大学院へ進学して博士号を取得し、将来は自分の蓄積した知見が学校制度などに反映されるよう社会に積極的に提案していきたい。

 

 志望理由書は、自分が心理学検定を取得し、これまで着実に行動科学の知見を積み重ねてきたこと、入学した暁には何を勉強したいかを、明確にアピールした。

 

 また、不登校支援から現在の関心に至るまでの経緯を短く、わかりやすくまとめることに徹した。

 

 

 これで試験への基本的な準備は整った。

 

 あとは出願し、本番まで勉強を続けるのみである。

 

 

 3年次編入を志し、過去問を取りに行ったのが春のことである。

 

 春から夏までは、各教科の基礎固めに力を注いだ。

 

 英語は高校時代に使っていたターゲット単語帳を引っ張り出し、それを何周もして大学受験以来記憶が薄れつつあった英単語を再び暗記していった。

 

 また、基礎英文問題精講を解き始めた。

 

 この問題集は本当にいい。英文読解の能力が気づかぬうちに跳ね上がっている。

 

 小論文は書き方を指南している参考書を数冊購入し、それを読んだ。

 

 それから、その本に書いてあった論理的な文章の書き方を参照しながら、ブログやレポートを書いた。理論&実践である。

 

 専門科目は東京大学出版会の「心理学」というテキストを購入し、それを読み込んだ。

 

 さらに、心理学検定受験の際に購入した検定の問題集や一問一答、心理学用語単語集を利用して学習を進めた。

 

 

 だが、夏休みに入ったあたりから、胸の中に不安が蠢き始めた。

 

 それは、自分が社会から隔絶されたように感じるという、孤独感そのものであった。

 

 ちょっと勉強をやめて、図書館から出てみれば、楽しそうなカップルや、遊びに明け暮れている同じ年くらいの大学生が沢山いる。

 

 これを見るだけでも、心が痛くなった。

 

 やはり、人間は楽な方に流されていく生き物である。

 

 この引力には逆らいがたい。しかし、私は逆らってしまった。

 

 逆らった先には、おぞましいまでの孤独感が待っていた。

 

 この時、私は浪人生のおよそ半分が、成績が向上しない訳を思い知った。

 

 かつて私が高校生だった時、成績の上がらない浪人生を笑い飛ばしたことがある。

 

 怠惰である、なぜ努力ができないのだ、と。

 

 経験して初めてわかること世の中には沢山ある。これも、その中の一つだ。

 

 なかなかに孤独というのは辛い。

 

 人間の心は、週囲の社会から外れて一人コツコツと何かを続けることには、とても向いてはいないのだ。

 

 

 大学が夏休みになってから、私はいよいよ完全に孤独になってしまった。

 

 孤立はしていない。友人がいるのだから。

 

 それを分かっていてなお、孤独は苦しいものだった。

 

 誰もいないキャンパスに朝から赴き、夕方まで勉強し、帰宅する毎日。

 

 こういうことを繰り返していると、人はダメになってしまう。

 

 私の思考は徐々にマイナスの方向へと向かっていった。

 

 生きる意味とは、己の使命とは、第二外国語を勉強する意味とは、なぜダンスサークルというものがこの世に存在しているのか、とくといって面白くもないお笑いサークルに人が集まるのはなぜなのか。

 

 

 不毛な思考の渦にぐるぐると巻き込まれていた時、友達に遊びに誘われたことは本当に救いになった。

 

 私は人から元気を吸収して生きている人間なので、たっぷり彼からは元気を吸い取らせていただいた。

 

 これには本当に感謝している。元気を吸い取れたことじゃなくて、遊びに誘ってもらったことに。

 

 勉強には息抜きが本当に必要である。何事もメリハリが大事である。

 

 

 こうして、どうにか精神を持ち直した私は夏休みに毎日受験勉強に励み、やがて新学期を迎えた。

 

 ここまでくると、遠くにあった試験がいよいよ見えてくる。

 

 九月の初め、願書を提出してからは、かなり内心焦っていた。

 

 この頃から大阪大学の大学受験過去問や、旧帝大レベルの英文の和訳問題を解き始めてはいたのだが、まるで編入試験に受かる気がしなかったのだ。

 

 これまでの受験が頭をよぎる。

 

 高校、大学まで、私は第一志望に合格したことが一度もなかった。

 

 思えば私のこれまでの短い人生は、敗北の連続であった。

 

 部活の試合もあまり勝ったことがないし、彼女がろくにできたこともない。

 

 常に、私は持たざる者だった。今回も私は敗北してしまうのか。

 

 焦燥にじりじりと、私の精神は焼かれていく。

 

 

 九月までくれば、もはや受験は耐久戦である。

 

 辛さはあったが、私はラストスパートに向けてエンジンをかけ始めた。

 

 試験日は11月7日。本番はすぐそばに見えていた。

学年ビリのオタクが1年で大阪大学の編入試験に不合格した話 前編

『学年ビリのオタクが1年で大阪大学の編入試験に不合格した話』

 

 

 

 あなたには「自分にはゼッタイ無理」っていつしか諦めてしまった夢がありませんか?

 

 

 この物語は、そんなゼッタイ無理に挑んでみたある男の子の話です。

 

 

 この奇跡は、あなたにもきっと起こります。

 

 

 (奇跡が起こるとは言っていない)

 

 

 

 2016年2月15日、スマホの前で一人寂しくうなだれている男がいた。

 彼の瞳に光はない。ただ、「不合格」の無慈悲な3文字が、男の虚ろな眼に映っていた。

 

 

 彼がここに至るまでの経緯を説明しよう。

 

 この男は中学時代、どこにでもいるようなオタクであった。

 SS界隈に入り浸り、創作と黒髪美少女を愛して日々を過ごしていた。

 

 高校入試の時、中学校や塾で授業を聞かずに妄想にふけっていたせいか、彼は第一志望の公立校に受からず、渋々私立の男子校に入学することになる。

 

 

 男はこの時点で、己の怠慢を反省するべきだった。

 

 彼の入学した男子校はたいへん校則が厳しく、そのおかげか、それなりに進学実績は良い高校であった。

 

 だが、彼は何を勘違いしたか、「関関同立くらいなら誰でも合格できるだろう」と大学入試を見くびり、勉学を怠ることとなる。

 当時の第一志望は京都大学薬学部であった。

 

 その頃、男は「多くの成功者の陰には、死屍累々の惨たらしい光景が広がっている」とは、まったく考えもしなかった。

 

 光が強いほど、また影も濃いのである。

 

 一年生の最後の文理選択の際には、「理系は文系に対して精神的優位に立てそうだから」という碌でもない理由で、数学ができやしないのに理系を選択した。

 

 これが大きく私の人生を狂わせこととなった。

 

 

 彼は理系に進んだ後、ただでさえ低下していた学力がさらに下がり、期末テストで学年最下位になり、某大手予備校の模試では偏差値30代を連発した。

 

 2年生の夏に「このままではいけないぞ」と心機一転、1日10時間の勉強時間を胸に誓った。

 

 だが、勉強習慣が身に付いていない者が、突然勉強を始めて何時間も集中力が持続するはずがなかった。

 

 彼は親の監視の目が少しでも緩まると、途端に己のジョニーを慰めだし、ただ時間が過ぎ去ることを待つのみとなってしまった。

 快楽により、見事に彼は貴重な時間を圧縮させることに成功した。

 

 勉学を胸に誓った以上に、ジョニーに快楽を誓ってしまったのである。

 

 夏休み明けの模試、成績が上がるはずがなかった。

 

 

 彼は快楽の過剰摂取と、時間を無駄にした後悔によって、無気力の底なし沼に沈んでいくことになる。 

 自業自得である。

 

 底なし沼の中で、彼はネット恋愛やアルファツイッタラー、タルパ造り、ネット小説ワナビなど、数多の微妙な人生経験を積み重ねていくことになる。

 

 高校では、同じく無気力の沼に浸かっている同級生たちと、堕落した毎日を過ごした。

 同時期に、成功者はコツコツと努力を積み重ねていたのだった。

 

 

 彼が無気力の沼から引き摺り出されるきっかけになったのは、「浪人は許さない」という親の言葉であった。

 

 「大学受験に失敗したなら高卒就職してもらう」と。

 

 安寧な沼に、社会の荒波が近づこうとしている。

 男の「俗世には染まりたくない」という傲慢な欲望が、ついに彼自身を目覚めさせた。

 

 11月初旬、男は沼の底で男汁によってぬらぬらになった薄皮を脱ぎ捨て、ついでにジョニーの皮も脱ぎ捨て、心機一転文系になることを決意した。

 受験までの残り時間はわずか3ヶ月であった。

 

 

 それからは、大学の目標を以前の京都大学から散々バカにしていた関関同立レベルへ引き下げ、同志社大学関西大学の受験に必要な政治経済の勉強を急ピッチで推し進めた。

 

 以前から国語だけはよくできたおかげで、文転した瞬間に模試の偏差値は全体で60へと跳ね上がった。

 

 勢いづいた彼は近畿大学公募推薦にも合格し、来たる関関同立の受験に備え、日々着実に力をつけていった。

 

 はずだった。

 

 

 こうして文頭に戻るわけである。

 

 彼は最低合格点の4点差で、第一志望の同志社大学に不合格となってしまった。

 

 言わずもがな、貴重な高校時代の時間を湯水のごとく浪費し、ついにスマホの前でうなだれる羽目となったこの男は私自身である。

 

 虚ろ目になりながら、私は思った。

 

 「大学からはちゃんと勉強しよう」と。

 

  

 第二志望の関西学院大学には合格していたので、そこに私は通うことになった。

 

 大学に入学できた手前、不満はなかった。

 モラトリアムを延長することができたし、大学が男子校でないだけマシだったからだ。

 

 だが、大学受験への後悔はあった。

 

 「もっと頑張れただろう」という自責感が、心中にわだかまっていた。

 

 大学入学当初から、私は日常的に勉強するようになった。

 それも、自分が興味を持ったことに対してのみ、だが。

 

 

 入学時は、催眠術や精神分析学にやたらと興味を持ち、自身に催眠をかけては共学という環境に投げ出されたことによる緊張感を和らげていた。

 

 催眠術も精神分析学も、あまり大学では扱われていない領域だと知ることになるのは、少し後のことである。

 

 さらに、「1日6時間読書をすれば、一流になることができる」というなんの根拠もないどこかの言説を信じ込み、それを実行した。

 

 その甲斐があってか、一年生の夏になんとなく受験した心理学検定で、一級を無事取得した。

 

 心理学検定に備え、心理学を広く浅く勉強したことによって、自分の考えがまとめられたのは、結果的には良いことだった。

 

 これがきっかけで、私の関心は催眠、精神分析から臨床心理学、そして生物の社会性の進化へと移り変わっていった。

 

 

 また、大学一年生の夏から、不登校支援を始めた。

 

 これによって、臨床の場で働くことを職とすることに、漠然とした疑問を抱くことなる。

 

 この不登校支援の活動は、大学一年生が終わる頃には支援の場を他団体に乗っ取られ、自然消滅していった。

 

 私たちと信頼関係をある程度築けた子供達はこれからどうなるのだろうか。

 団体の機会の公正を保つため、子供を犠牲にしてもいいのだろうか。

 

 そんな考えに囚われ、孤独な春休みを過ごすうちに、臨床心理学に対するモチベーションは急激に落ちていった。

 

 

 大学2年生になる前、やることがなかったのでネットサーフィンをしていると、ある記事が目についた。

 

 タイトルは「人生大逆転!? 3年次編入で高学歴に!」のような感じだった。

 

 私が大学入試に3年次編入という制度があることを知ったのは、その時であった。

 

 キャッチーなタイトルに身構えながらも記事を読んでみた。

 

 どうやら、3年次編入の試験は全国の有名大学でも行われており、その難易度は一般入試に比べて比較的簡単らしい。

 そして、受験教科は専門科目、小論文、英語の3教科だけだという。

 

 すでに心理学オタクと化していた私は、突然のチャンスに目が眩んでしまった。

 

 怠惰な高校時代を送り、大学入試に後悔を残していた自分にも、まともに勝負できる機会が舞い込んできたのだ。

 

 すぐに、私は親に編入試験を受けていいか相談した。案外、すんなりと親はGOサインを出してくれた。

 

 編入試験に向けてさらに詳しく調べてみる。

 すると、自分の関心のある生物の社会性の研究が盛んな大阪大学にも、編入試験があることを発見した。

 

 この頃から心理学、行動科学に関する職には就きたいと考えていた。

 

 学部生の頃からその専門について勉強できるなら、どんなに自分の理想とする将来に近づけるだろうか。

 そんなことを夢想した。

 

 しかも、今度の受験には勝算がある。

 心理学検定を取得した今ならいける。

 

 自身に満ち溢れた私は、挑戦を恐れることはなかった。

 

 

 こうして、私は新たな挑戦に向けて歩み始めた。

 

 今度こそ、後悔のない受験にするために。

 

 そして、惨めな高校時代のツケを払うために。

 

 

 奇しくも、同志社大学に不合格になってから一年後のことであった。

 

 

モテないラベリング

12/5 晴れ

 

 突然に寒くなった。

 私は冬が嫌いだ。

 まず、寒いのが嫌いだ。これがけでも辛いのに、クリスマス、バレンタインデーと、全く私に関係のないイベントが連発する。こんなの嫌いにならないほうがおかしい。

 これらのイベントで街が盛り上がるたび、私は強烈な孤独を感じる。

 まるで、社会から自分が隔絶されてしまったような、刺々しい孤独である。

 私が非リアに孤独を感じさせる側になる日は来るのだろうか。

 寒くなると、人肌恋しくなってしまっていけない。将来はシンガポールにでも住もうか。

 

 自分の「モテない奴だ」という烙印を消そうと、最近頑張っている。

 私のモテない原因は、おそらくここにある。

 私のように傲慢であろうと、交際関係のある人間は腐るほどいるし、私以上の問題児でも付き合っている人間はごまんといる。

 しかし、それらの欠点に比べて圧倒的に、「モテない奴」というラベルをベッタベタに貼られている人間は、モテない。その男がいかに善良で素晴らしい人間であっても。

 いや、この男というのはもちろん私ではないが。

 誤解を解く注釈をつけておかないと、理不尽な非難にあってしまうということを、最近は再認しまくっている。

 

 「モテないラベル」の根は深い。

 

 その犠牲者は主に、

童貞であることを声高々に主張する者

・根暗なラノベ読者

・不潔な者

・欲のない者

 である。

 

 これらの特徴に当てはまったり、兼ね備えたりしたときに、「モテないラベル」は発動する。

 

 「モテないラベル」は言うまでもなく、物質ではない。

 周囲が「ああ、こいつはモテないな」と認識したときに、不可視の概念として「モテないラベル」は生成される。もはや一種のミーム災害である。

 「モテないラベル」の粘着力はアロンアルファを軽く捻り潰すレベルである。

 それこそ、そのラベルを貼られた環境では二度と恋愛できない程度には強力である。

 「モテないラベル」により、男たちの価値はジンバブエドルのように急落する。

 そんな男と付き合うことを女性は拒み、負のスパイラルが生まれていく。

 

 では、「モテないラベル」に冴えない男たちが対抗するにはどうすれば良いのか。

 まずは、まだ「モテないラベル」が貼られていない純粋無垢な男たちの対処法を紹介する。

 それは、先ほどの犠牲者の逆のようになればいいのだ。

 

 つまり、

童貞であることをわざわざ自らネタにしない

・明るいラノベ読みになる

・清潔感を保つ

・強欲な壺と化す

 ことである。

 

 高校時代、サイドブレーキのごとく自らのジョニーをいじくり回してきた隠の者でも、爽やかなオタクに変貌することができれば、恋愛することは難しくない。レッツチェンジだ。

 

 すでに「モテないラベル」を貼り付けられてしまった者でも、再び蘇ることは可能だ。

 

少しの期間、入居者(交際相手)を無理矢理にでも招き入れ、「モテないラベル」を消す

・別人に変貌するレベルで自分を取り壊し、美しくリフォームする

・時間の経過を待ち、別の環境で頑張る

・物好きな入居者を探す

 

 以上である。

 なんだか、事故物件への対処法みたいになってきた。

 

 モテないことは辛いことだ。

 同級生が冬のイベントを楽しんでいるのを横目で眺めるのにも、飽き飽きしてきた。

 むしろ、横目で眺めすぎて白目になった。

 私同様、モテない男たちにはこの冬こそ、頑張ってもらいたい。

 人肌に触れ合うことができず、厳しい冬を乗り越えられずに心が凍死してしまわないよう、努力してもらいたい。

 以上、なんのエビデンスもない恋愛講座でした。

 

謙虚になる!?!?!?!?

11/23 晴れ

 

 なんとなくやる気の起きない日々。

 トラブったり、絵を描いたり、ラジバンダリ。

 来週は動画を作り、レポートも二本書き、各授業の予習もしなければならない忙しい一週間になるだろう。

 その方が良い。忙しさの息苦しさは、退屈の苦痛には及ばない。

 

 某氏に、私は傲慢だと指摘された。謙虚になれ、と。

 確かに私は傲慢である。

 人一倍に肥大化した自尊心を兼ね備え、全人類を俯瞰するによって、差別のない平等な認識を実現している。

 そのせいで、身の丈に合わないチャレンジを繰り返しては失敗し、黒歴史を量産し、等身大で相手を見ているからこそ、「お前は何様だ」と言われるようなブーメラン発言を繰り返してしまう。

 何より、以上の文章のように、なんだか言動が偉そうである。

 これらが、私が傲慢であると言われる根拠であろう。

 

 滅多に人の意見を参考にしない私だが、その傲慢がモテない理由とまで言われてしまうと、流石に聞き入れる気分になった。

 「普段はつまらぬものだと唾棄している、自己啓発本でも読めばどうだ」と言われたので、謙虚になれる方法が書いてある本を探しにブックオフにやって来た。

 

 とりあえず、自己啓発・人生論コーナーを散策してみる。

 自己啓発本のコーナーはブックオフの店内でも、なかなかの領域を占めていた。その人気の理由は、私にはわからなかった。

 「自分に正直に生きる」、「置かれた場所で咲きなさい」、「宇宙からのメッセージ」などの胡散臭いタイトルが本棚に所狭しと並んでいる。

 しかし、その中に謙虚になれる方法を記した本は見つからなかった。

 ほとんどの本が、自分に自信のない人に向けたものであった。

 なるほど、傲慢は自己啓発界の難病らしい。

 

 結局、傲慢につける薬は見つからなかった。

 なぜ傲慢を治す方法についての本が少ないかというと、傲慢な人間は私のように、まず傲慢を治そうとは滅多に思わないからだろう。

 売れないのだから、売られない。自明の理である。

 私も、己の傲慢については自覚していたが、自覚できる困るような事態もなかったので、とりあえず放ったらかしにしていた。

 それに、傲慢はノンストレスである。自己肯定感が強いので、ストレスのある出来事に遭遇しても、安ホテルのベッド並みに高反発な心でストレスを跳ね返し、平常心を保つことができる。

 モテないということを除いて、傲慢は基本役に立つのだ。

 

 「謙虚になるための本が見つからないならば」と、グーグルで謙虚になる方法を検索してみた。

 すると、『傲慢にならないための10の方法』という記事が出て来たので、以下にその概要と、それに対する反論を述べておく。

 

  1. 人の優れているところを認める。

 認めている。

 私の周りには、私が興味を持つことのできない言語の授業でも真面目に勉強したり、楽器が演奏できたり、スポーツができたり、半端ない誠実さ人に示すことができたり、交際相手がいたり、自分よりも優れた点を持つ人がゴマンといる。

 彼らのそういった面には、敬意を表すほかない。

 

  1. 他人の意見は必ず一度は受け入れるようにする。

 受け入れている。

 「受け入れてないじゃないか!」というツッコミをここで食らうかもしれないが、よく考えて欲しい。

 ここで私が「受け入れていない」と言ってしまうと、私が全ての迷信や人の意見はもちろん、科学的根拠などまで無視しこれまで生きてきたという、人間社会ではありえない存在になってしまう。

 事実、私は人の意見を一度は受け入れているのだ。

 受け入れた上でそれを吟味し、吐き捨てているのだ。ガムのように!

 致命的な論理的誤謬がこのアドバイスには隠れている。

 人は誰しも、人の意見を結果的には受け入れたり、受け入れなかったりするものである。

 他人からは、受け入れた・受け入れなかったの結果しか観測することができないのだ。

 人の意見を受け入れる心的過程を可視化することは、現在の技術では不可能である。

 

  1. 主観を意識するようにする。

 意識しまくっている。

 某氏には「お前は客観視しすぎ」と言われたが、それは私の主観が物事を俯瞰しすぎて、客観視に近づいているだけである。

 返答が一休さんみたいになってきた。主観を意識します……

 

  1. 立場を意識する。

 私は年上に対して謙虚になりすぎるきらいがある。

 謙虚になりすぎて普段の傲慢っぷりは影を潜め、ろくなジョークすら思いつかなくなる。これは私の明確な弱点である。

 むしろ、謙虚になりすぎないように心掛けたい。

 

  1. 他人の良い所を取り入れていく。

 ウン。

 

  1. 控えめを心掛ける。

 やだおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! ばあああああああああああああああああ!!!!!

 

  1. 素直になる。

 うわああああああああああああああああああああ!!!!!! いやだあああああああああああああああああ!!!

 

  1. 傲慢な発言・態度を改める。

 慢心せずして何が金こんにゃくだああああああああああああああああああ!!! ヒィいい良いいいいいいいいいいいい!!! ああああああああ鳴呼ああああああああ嗚呼ああああ!!!!!!!

 

  1. 蔑まない。

 …………

 

  1. 感謝の気持ちを忘れない。

 謝謝茄子。

 

 

 以上が謙虚になる方法らしい。

 これを実践してしまうと自分が自分で無くなってしまう。途中から、以上を実践した自分を想像して吐き気を催した。

 謙虚になって私が得られることは、他人との馴れ合いと、甘ったれた日常と、交際相手だけのような気がする。

 だが、これらを求める自分も、どこかに存在しているのだ。このジレンマが、そこそこ苦痛である。

 

 実は、私は小学生の頃くらいまでは謙虚な少年であった。

 今の私からは想像できないほどの真面目さを持ち、規律を守り、人を決してバカにしない純粋無垢なる人間であった。

 その結果が、殺人的なほどの退屈である。

 私にとって謙虚になることは、一種のトラウマとなっているのかもしれない。

 何より、小学生の頃より今の方が幸せである。

 

 以上、長文に渡って自身の傲慢と謙虚になる方法ついて語ってきた。

 正直、自分が今ここにいるのは傲慢のおかげだと考えている。

 己の翼の大きさを顧みず、溢れんばかりのプライドを燃料として羽ばたいたおかげで、現在の私は存在している。

 もし私が謙虚なままで、自分の翼の大きさを悟ってしまい、程よく羽ばたいていたのなら、今より良い環境にはいなかっただろう。

 等身大より少し小さめに自分を認識していたなら、今よりは楽に日々を過ごせていただろう。交際相手だっていたかもしれない。そういう形の幸せがあったのかもしれない。

 しかし、それを今の私は幸福だとは思わない。

 自信過剰なまま突き進んだ先は破滅かもしれない。

 それでも、謙虚のせいで、あり得たかもしれない未来が絶たれるよりは、傲慢の破滅を私は望む。

 私の翼が蝋であろうと、太陽へと羽ばたいていきたいのだ。

 

牌は投げられた

11/16 晴れ

 

 編入試験に落ちたり、動画制作を再開したり、銀シャリの漫才を見にいったり、地味に多忙な日々が続く。

 最近、自分の大学生活の意義が失われつつあるように思う。

 自分の将来像の理想と、それに進むことのできない現実の自分の乖離が著しい。

 とりあえず、体力の衰えを感じたので、これから一限のない日に朝からランニングをしようと思う。

 体力の衰えは好奇心の衰えである。昔のように、1日に10冊の本を読むのが難しくなってきた。

 何はともあれ、生きている以上は前に進むしかない。

 

 近頃、自分の可能性が閉ざされていく感覚に襲われている。

 編入試験に失敗したことが原因ではない。この程度の挫折は何度でも経験している。高校受験、大学受験とこれまでも私は第一志望に合格できた試しはなかった。

 それとは別に、自分の将来の可能性が縮んでいるような気がするのだ。

 その感覚は、勉強や読書をするほど己の内から湧き出てくる。

 

 結局は、知識をつけることは自分の将来の可能性を閉ざすことでしかないと、気づいてしまった。

 一般には、教養を身につけ多くの経験を得るほど、将来の可能性は広がるものだと考えられている。

 読書は他人の経験を疑似体験することができるものであり、教養が身につくということについては言わずもがなである。

 

 しかし、そうした社会の見解とは反対に、読書は自分の疑問を突き詰めていく行為でもある。

 つまり、読書を続けるということは、自分の考えをまとめ、自身の将来像を固定化することに繋がる。

 その将来像とは、読書では得ることのできなかったその先の知識を獲得するための研究職だったり、知識を実践に移すための起業だったりする。

 自分がライン工や会社の総合職になることなど、想像も出来なくなってしまう。

 少なくとも私は、読書によって「山月記」の李徴のようになってしまった。己の才能を盲信し突き進むしかない。その末路が獣であっても。野獣先輩。

 

 人生というものは麻雀に似ているなと、ふと思った。

 麻雀は最初はランダムに牌が並んでいる状態が手元にある。運が良ければ、役満を狙い高得点を獲得することもできる。

 しかし時間が経つごとに、様々な役を完成させることのできる可能性が閉ざされていく。

 麻雀はランダムであり、配られた状態が良ければ役を作ることは容易く、配られた瞬間から役が完成していることも稀にある。

 19歳という若造ながら、そう思った。

 そろそろ自分の人生も理想的な役に向けて組み立てていかなくてはならない。

 家庭、才能、身長、知能、容姿。誰もが、配られた牌から勝負を始めるしかないのだ。

歩くのがヘタ!!

11/8 雨

 

 久々の日記である。学祭が終わり、編入試験も終わり、忙しい日々にひと段落がついたので、日記を再開する。

 するべきことはした。あとは結果を待つのみである。

 もし受かっていたら儲けものであり、例え落ちていたとしても、また歩き出すだけだ。成功でも失敗でも、私にとっては大きな転機となる。

 これからも、日々勉学などを精進していきたい。おちんぽ。

 

 私は歩くのが下手である。

 これは人生だとか人間関係を渡り歩くのが下手だという比喩的な意味ではなく(確かにそういう一面もあるが)、ただ単に「歩く」という行動が下手くそなのだ。

 歩いている時、頻繁に私はつまずく。その他にも、エスカレーターを上っていると、50%くらいの確率でコケる。その度に膝を強打し、激痛に悶える羽目になる。

 そのようなことを、生まれてこのかたずっと続けてきたので、さすがにそろそろ歩き方を矯正しようという気になった。

 せっかくの二足歩行を不完全なまま行い続けるのは、ホモ・サピエンスという種全体及び、先祖への冒涜である。ダーウィンが草葉の陰で泣いている。

 

 まずは、普通に歩けている人の歩き方を観察し、自分の歩き方の参考にする。

 梅田や登山登校の最中に、他の人の歩き方をじっくり吟味してみた。

 こうしてみると、一人一人の歩き方には結構個性があるものである。

 足をつく時はかかとからか、地面と平行に置くのか。

 どの程度膝を曲げて踏み出すのか。

 後ろ足を体が進むのに対して、どれくらいの時間地面に留めているのか。

 それぞれが人によって異なっている。

 歩くのが早い人は歩幅が大きいだけではなく、地面を強く蹴っているようだ。そして、たいていはぼっちだ。

 反対に、歩くのが遅い人は歩幅が小さく、膝をあまり曲げていない。この歩き方はアルマゲドンのように集団で横に広がる女子によく見られる。

 

 以上のような他人の歩き方を参考に、自分の歩き方を意識してみた。

 これまでの自分の歩き方は歩幅が大きいものの、膝をあまり曲げずに地面と平行に足を振り出すような歩き方であった。

 これでは歩くのは早いものの、すり足のようになり、頻繁につまずいてしまう。

 膝を曲げないことが習慣となっていたので、エスカレーターのような段差の大きい階段でコケてしまっていたのだ。

 そこで、膝をより曲げて、つま先で地面を蹴り上げるような歩き方に変えてみた。

 すると、全くつまづかなくなった。エスカレーターでも全くコケない。

 歩くという動作がこんなに素晴らしいことだったとは! 

 身体にすっかり染み付いてしまった不適応的な日常の動作でも、自身にフィードバックを行えば改善されるものだ。

 最近は歩くのが楽しくてたまらない。毎日がエブリデイ・ウォーキング! ハハッ!

 

 歩くという日常的な動作一つ取っても、色々と面白い発見がある。

 周囲に友人がいるかによって、人の歩き方が大きく変わるというのもそうだし、「歩く」という皆が当たり前に行なっている動作でさえ、明確な個人差があるというのも興味深い。

 こういう細やかな部分に目を向けた人間観察というのも、なかなか面白いものだ。

 皆さんも、自分の歩き方を一度意識してみてはいかがだろうか。もしかしたら、面白い発見があるかもしれない。

 歩き方を矯正したことで、世の中の歩き方も上手くなれば良いのだが……

土偶のエロス・一人焼肉・北野天満宮

10/21 雨

 

 今日は気分転換に京都に来た。

 現在開催中の国宝展で展示されている横山大観の「風神雷神」が見たかったということや、北野天満宮でおみくじを引きたいという目的もある。

 天気が良くないからこそ、人数が少ないということを狙って京都に来た。

 しかし、京都国立博物館は30分待ちの大行列だった。まあ、そういうこともある。英単語の勉強ができたので無問題。

 

 個人的な験担ぎで、私は受験のたびに北野天満宮に参拝している。

 高校受験も大学受験も、おみくじで大吉を引いたが第一志望には落ちてしまった。

 今回はあえて凶を狙う。大吉で落ちるなら、凶で受かる。

 これが、母数が2しかないクソのような帰納法から導かれた答えである。まるで頼りにならない。勉学の方がよっぽど信頼できる。

 

 京都国立博物館土偶を見て考えた。

 縄文時代土偶たちはみな「ボン・キュッ・ボン」な体型だった。エロい。

 縄文人は現代人の同じように、「ボン・キュッ・ボン」が好きだったのだろうか。

 多様化した文化を持ち合わせていなくても、エロスの感じ方が現代人と似通っているというのは、なかなか興味深い。

 エロは時空を超える。いつか「快楽天」などのエロ雑誌も、考古学的な資料になるのだろう。

 

 初めて一人焼肉に来た。一人焼肉は私の悲願である。

 一年ほど前、「孤独のグルメ」の実写ドラマで主人公が一人焼肉に訪れる回が放映されていた。この役者、普段は少食なのに、とても美味しそうに食べるのである。

 その回を見てから、無性に一人焼肉に私は行きたいと思うようになった。

 皆で食べる焼肉もいいが、一人焼肉も何だか満ち足りて幸せそうに思えて来たのだ。

 だが、なかなか一人焼肉に行く機会がなく、今日になってようやくその悲願が果たされることとなった。

 店を訪れ、ランチメニューを頼み、分厚いカルビを小柄な金網の上に置く。

 肉が焼ける小気味良い音が、私の食欲をそそった。

 辛めのタレに少し焦げ目が付いた肉を浸し、一気に頬張る。

 その瞬間、口内に旨味が溢れた。たまらない。

 肉が焼けては、次々と口の中に放り込む。うおォん、まるで私は人間火力発電機だ。

 結局、満腹になるまで焼肉を喰った。一人焼肉はやはり最高だ。社会からのやや冷たい目線を無視すれば。

 

 その後もホットケーキを食べたり、出町ふたばで豆餅を買い、緑寿園で黒豆紫蘇味という謎の金平糖を買ったりと、充実した1日だった。

 十分にリフレッシュできたので、心置きなく編入試験に挑戦できる。

 

 ついでに、北野天満宮のおみくじは中吉だった。学問の欄には「入学よし」の文字が。

 「いいよ」の「よし」か、「よしなさい」の「よし」か、それが分かるのは試験の出来次第である。結局は個人の努力ということだ。

 北野天満宮には受験を控えた高校生が多く来ていた。

 何となく、自分の受験期を思い出した。あの頃、私は自分が編入試験を受けるとは微塵も思わなかっただろう。

 未来の自分など知ったことではないので、せめて現在は努力を続けていきたい。