きんこんぶろぐ

大学生の私が日々思うことを綴っていくブログ

アレをこめて紙束を

11/17 晴れ

 

 とてもゆったりした休日。

 『何もしない』をした。

 

 私は外出をしないと気分が落ち込んでしまう性があるので、喫茶店に来てからこうして日記を書いている。

 

 正面のガラスの向こう側では、制服を着た男女のカップルが互いに身を寄せ合い、指を絡めていた。

 こういった、人生全般において正しい人間を見ていると理不尽に腹が立ってくる。

 

 憤怒の季節が始まろうとしている。

 

 

 最近、半ば強引に本を贈りまくっている。

 希望者に対し、その人を象徴するような本を1500円程度で選んでプレゼントしている。

 

 自分が本を買う場面では、自身がそれを読むことしか今まで想定していなかった。

 なので、人のために本を選ぶというのは意外と新鮮で面白い。

 もちろん、本は偏見でセレクトしている。

 

 これまで、Amazonの欲しいものリストから唐突に人に本を贈ったことはあったが、一から本を選ぶというのは初めてである。

 

 クソのような内容の本を贈っては申し訳ないし、読書家としてのプライドも損なわれてしまうので、本を選ぶのには結構な時間を費やしている。

 

 

 例えば、日頃あまり本を読まず、これから読書を始めようとしている男の子がいたとしよう。

 

 彼には『そして、生活は続く』というエッセイと、『面白い本』という新書をプレゼントした。

 

 『そして、生活は続く』は星野源が『恋』などで大ヒットする前の生活を綴ったエッセイ集である。

 言い回しが親しみやすく、下ネタ満載で面白かった。

 

 正直、星野源はこちらが勝手に嫉妬していてあまり好きではなかったが、この本を読んでから、少し好きになった。ウホッ。

 

 著者の人となりが分かるというのは、エッセイの持つ長所の一つだろう。

 

 『面白い本』は岩波から出版されているブックガイドである。

 

 どこかの編集者をしている著者が、オススメの本を簡潔に紹介している。

 

 流し読みしたが、なかなか本のセレクトが良かった。

 こちらが本をうまく選べているかどうか、不安になる程度には。

 

 

 その他にも、猫を飼っていて、ひたすら「就職したくない」とか何やら呻いている女の子には『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』という小説と『ブラック奨学金』という本を贈った。

 

 『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』は小学生の女の子と、猫が主人公の小説だ。

 著者は万城目学。私が昔から好きな作家だ。

 

 中学生の頃にこの小説を読んで、とても心が浄化された思い出がある。

 この小説がなければ私はとうに闇堕ちして、世界に瘴気をまき散らしていたかもしれない。

 

 『ブラック奨学金』は文春新書から出版された話題作である。

 奨学金の怖さが綿密に記述されている。

 

 奨学金を借りている人は、周囲を見渡してみると結構多い。

 彼女にとって、じわじわ迫りくる就職への発破になっただろうか。

 

 私は大学院に進学を志望しているので、就職など屁の河童である。

 モラトリアムを延長することと、自分の無知を自覚することに、暫くは精進していく予定である。

 

 

 このほかにも、様々な本を様々な人に贈った。

 

 彼らには本を渡す際、「私に合うようなものをプレゼントしてくれ」と押しつけがましく伝えたので、何が届くか今からでも楽しみである。

 

 もし、私に本をセレクトしてほしい人がいるなら、気軽に私に伝えてほしい。

 やる気とお金があれば、あなたにピッタリの本をお届けしよう。

 

 あ、もちろん返品不可でお願いします。

 

 プレゼント後は、私という存在に『高評価』をお願いします。

 

 

推しなきオタクの挽歌

11/4 晴れ

 

 十一月にあるまじき暖かさ。

 この気温で、街がクリスマス用のリースなどで飾られているというのは、なかなか奇妙で面白い。

 

 クリスマスが来るのを嫌がるフリばかりして、これまで二十年生きてきたが、私は聖夜を一人きりで過ごしたことが実は数えるほどしかない。

 だいたいは家族が一緒にいるし、大学生になってからは、毎年のように有志を募って民族料理を食べに行っている。

 

 今年はどこの国の料理を食べようか。

 トルコ料理なんかが良いかもしれない。

 

 

 自分が推しのいないオタクだということに、じわじわと悩んでいる。

 

 実生活を過ごすにあたって、推しがいないことは別に支障をきたさない。

 だが、周りのオタクの多くが芸能人やキャラクターを推しにして生活しているのを見ると、なんだか侘しい気持ちになってくるのだ。

 

 自分のほかにも、推しなきオタクは数多くいると思うのだが、おそらくこちら側のオタクはマイノリティである。

 

 私は多趣味であると自認しているし、二次元コンテンツを嗜んだり、一部の分野についてはそれなりに深い知識を持つオタクなはずである。

 だが、推しがいない。

 

 「何をぐちぐち言っているんだコイツは」とお思いの方もいらっしゃるだろう。

 

 とどのつまり、推しはもちろん、『自分が全てをなげうってでも、尽くしたい何か』が存在しないということに、やるせなさを抱いているのだ。

 

 周りの人間が当たり前に持ち合わせている、この感情が欠落しているという現実は、私の自尊心の小さな疵となっている。

 

 

 推しを作ろう、と思ったことは何度かある。

 

 だが、すべての場合において、それは『好きなキャラクター』の範疇を超えなかった。

 

 この言いようもない感覚、あえて名付けるなら『空白感』に、これまで真綿で首を絞められるような思いを強いられてきた。

 

 この感情の延長線上には、彼女ができない焦燥感なんかもあるのかもしれない。

 

 なんだか、『オズの魔法使い』のブリキ男になった気分である。

 

 胴体までブリキでできたブリキ男は、がらんどうの胸を埋めるため、ドロシーらと一緒に旅に出る。

 

 「どうして、いつもうつむいて歩いているの?」というドロシーからの質問に、ブリキ男は「自分には心が無いから、気をつけないと、小さな虫をうっかり踏み潰してしまうかもしれない。温かい心を持つ人が、自然にできることが、自分にはできないから、気をつけないといけないんだ」と答える。

 

 私自身、人助けであったり、そういった善いはずの行動全てが空っぽに感じられる、ということがある。

 そこには、「善いことをしたな」という満足な余韻もない。

 

 ただ退屈な日常に、がむしゃらに何かを詰め込もうとしているのみである。

 推しができないもどかしさも、この空白感と繋がっている。

 

 他の人が当たり前にできることの真似事をする。

 それをただ繰り返す。

 そこに温かみはない。

 

 

 ブリキ男は物語の最後、オズの魔法使いにおがくずを詰めたハート型の袋を授かる。

 「あんたには心がある。無いと思い込んでいるだけだ」という言葉と共に。

 

 まがい物の心でも、魔法を信じるブリキ男にとっては救いとなったのだろう。

 

 もちろん、この世界に魔法はない。

 見せかけの夢や不思議があるのみである。

 

 けれども、世界は広い。

 私の空白を埋め合わせてくれる、何かがきっとこの世界にはある。

 

 そんな魔法を、私は信じている。

 

 広い世界に旅に出る。

 それが、私が推しに辿り着き、自身の心の温度を感じさせてくれる方法の一つだろう。

 

 要は、私はまだ無知だということだ。

 

 推しのいない、空白を抱えたオタクたちに心を寄せて、今日の日記はここまでにしよう。

 

 

 じつは『オズの魔法使い」には後日談があり、そこではブリキ男は依然、自分を「心の無い男」と評している。

 救いがない。

 

 オズの魔法使いはただの老いぼれた詐欺師なので、魔法がつかえるはずもないのだから当然である。

 さらに救いがない。

 

O

10/24 晴れ

 

 十三夜。

 まだ昇りきっていない、山吹色の満月がビル街に映えた。

 

 こういう時にカメラが手元にあればいいのだが、あいにく家に置いてきたままであった。

 10万円もした一眼レフは、日の目も月の目も見ることなく、埃をかぶって机の下で眠っている。

 

 それでも、何とか風景を形にして残しておこうと、iPhoneのカメラで撮っておいた。

 

 スマホで映した月は、ひどくぼやけていた。

 どうして、スマホのカメラはこうも天体に弱いのだろうか。

 

 気が付くと、周りを見渡せば大勢の人が立ち止まって空を仰いでいた。

 

 私も彼らと同じように、頭の中のセンサーに今夜の満月をしっかりと焼き付けておいた。

 パシャリ、と。

 

 

 迷走が激しくなってきたので、そろそろ自分の研究の原点を綴っておこうと思う。

 学部三年生のくせに、研究も原点もクソもあるか、という気もする。

 

 だが、いつか自分がどうしようもない精神状態に陥ったとき、帰ることのできる心の故郷的なものがあったなら、それは未来の私の助けになるだろう。

 特に、物事を始めてしばらく経ったらその動機を忘れてしまいがちな私にとって、原点を思い出すことは大切だ。

 

 なので、半ば自己満足だが、ここに書いておく。

 

 

 私は現在、動物心理学や比較認知科学を専門としている。

 

 その中でも、ヒトと動物の向社会行動に興味があり、さらに言えば動物全般に当てはまる『道徳』の法則に関心を持っている。

 分野の周辺領域としては、社会心理学・行動生態学ゲーム理論・応用倫理学・動物行動学・神経科学などを挙げることができる。

 

 領域が非常に広いので、勉強するべきことは多い。

 器用貧乏になりそうだ。

 

 

 もともと、私が道徳というものに最初に興味を持ったのは小学生の頃だった。

 

 多くの人が気にも留めない『こころのノート』を読みふけったり、何が善で何か悪かを暇があれば考えたりする、私はどこかひねくれた子供だった。

 

 今考えれば、直感的に物事の分別が付かない人間だったからこそ、そういったことに頭をフル回転できたのかもしれない。

 

 

 時は進んで中学生の頃、私は学校裏サイトを開設した。

 

 理由は単純で、同級生がどのようなことを考えているかや、どのような恨みを抱いているかに興味があったからだ。

 

 それを作った当初、掲示板の多くの書き込みが日陰者のものになり、クラスの人気者への恨み嫉みが殺到することを秘かに期待していた。

 宣伝をしたり、口コミで噂が広まったおかげで、裏サイトにはそれなりの人数が訪れ、次第に陰口が書き込まれるようになった。

 

 書き込みの発信元を様々な手段を用いて調べてみたところ、予想に反してクラスの人気者が同じく人気者を貶めるような書き込みをしている、ということが判明した。

 日陰者の書き込みは、むしろ少数だった。

 

 今となっては単なる黒歴史だが、当時の私には衝撃的な出来事だった。

 

 

 高校生の時、私はもともと薬学部志望だったが進路を変更し、近大の農学部公募推薦で合格した。

 そのまま農学部に進路を定め、食品メーカーなどに務めて、安牌な人生を送るつもりだった。

 

 しかしある日、河合塾をサボってマクドのコーヒーを片手に大川沿いを散歩していたところ、急に気が変わって心理学の方面を受験することを決めた。

 

 頭のねじがこの時に外れたのだと思う、多分。

 

 その後もなんやかんやあって、今の大学で心理学を学ぶことになった。

 

 

 大学一年生の頃は、臨床心理学や社会心理学に興味を持っていた。

 

 特に認知行動療法に惹かれており、不登校児の支援ボランティアをするなど、完全にカウンセラーになるつもりでいた。

 

 だが、気が変わるのは私の常である。

 

 臨床心理学について学んだり、不登校児と接するうちに、「自分が関心を抱いているのは不登校児を不登校児に至らしめたメカニズムなのではないか」と考え始めた。

 対人支援というより、いじめ行動が生じる仕組みといった方面に興味が徐々に移っていった。

 

 それに、当時の私は明らかに生き急いでいた。

 

 自分の身体で助けになることのできる人数は一生のうちに限られている。

 「それならば、基礎研究に従事することで、より多くの人のためになったほうがいいのでは」と思うようになっていた。

 

 

 生き急いだまま、私は某大学の三年次編入試験を受験した。

 

 試験が終わって面接で、私を取り囲む教授陣に「社会心理学を専攻して、道徳について解き明かしていきたい」と自分の関心を説いた。

 

 「どうやら、君は人というよりも、動物の面からそれを解き明かすことに関心があるように思えるなあ」と、それがある教授の第一声だった。

 

 その他もろもろの理由により試験に落ち、気が付けばその教授の言った通りに、私は動物心理学のゼミに入っていた。

 

 当時は全く知らなかったのだが、他のゼミに動物の援助行動を専門としている教授がおり、現在は2つゼミを掛け持ちする形で参加させていただいている。

 それなりに忙しいが、充実感もひとしおである。

 

 

 勉強してみると、比較認知科学はぶっ飛ぶほど面白かった。

 

 学習心理学のクールな論理と、認知心理学の大胆な論理が組み合わさっているようで、好奇心がそそられる。

 社会心理学との接点も多い。

 

 こういう、領域の垣根をあまり気にしない分野が私には向いているのかもしれない。

 

 

 その後、統計の授業で某教授に「ベイズ統計というものが流行っていますね」という内容のメッセージを書いて、出席票を提出したことがあった。

 

 すると、しばらくしてから「某大学でベイズ統計の集中講義があるので、参加してみてはいかがですか」という旨のメールが届いた。

 

 その集中講義に参加してみると、未知すぎる世界が広がっていた。

 なんだこれは、という感じだった。

 

 正直今でもあまり分かっていないので、勉強中である。

 

 ベイズで動物の向社会行動における認知モデルを作れるのでは、という考えが胸中にあるのみだ。

 認知モデルについてもあまりよくわかっていないので、これも未だに妄想の域を出ていない。

 

 学部の卒業研究では無理かもしれないが、大学院に進学した暁には、これらの手法もモノにしてみたいものだ。

 

 

 以上の経緯が、私の研究の原点になっている。

 

 道徳、もしくは向社会行動への疑問は結構昔から私の中にあるような気がする。

 それは道徳心が私に欠けているからかも知れないし、そうでないかもしれない。

 

 振り返ってみると、軸がブレブレな人生だ。

 今後もブレていくだろう。

 

 しかし、方法論や分野が変わっても、人間の道徳について知りたいという欲求は変わらないという自信がある。

 

 

 編入試験の面接のとき、動物のゼミを進められた際に、私は「もし、動物を研究の対象にするならば、人間と動物に共通する部分について探求していきたい」と返答した。

 

 ある意味、それは叶っている。

 

 とにかく、まだ研究者としてひよっこどころか孵化してもいない状態だ。

 

 謙虚に知識を深めていこう。

 原点を忘れずに。

 

なんか暗いねナハトムジーク

10/17 晴れ

 

 睡眠時間が9時間を超えるようになってきた。

 明らかにこれは疲れているサインだ。

 

 この疲れが身体的なものか、精神的なものなのかは分からないので、思考停止でぶらついていたら発見した喫茶店に入った。

 高層ビルに店を構える喫茶店であり、高いところが好きな私はすぐさま二階へと向かった。

 

 馬鹿と煙は高いところが好きという。

 私は馬鹿ではない。

 なので、私が煙なのは自明である。

 ただし、論理学的な小難しい話は考えないものとする。

 

 そして、いつも通り何の進捗も生み出せないまま、この日記を書いている。

 

 

 三日ほど前、iPhoneXSに買い替えた。

 だが、フリーSIMカードの設定が諸事情で終わっていないので、未だに外出先ではインターネット回線を使えずにいる。

 

 ネットサーファー歴が10年を超え、ツイッタラーでもある私から電波が奪われると、日常に穿ったような空白の時間が生まれてしまう。

 仕方なく、その埋め合わせにいつにもまして読書をしている。

 

 最近は本を読むと左目が痙攣してくるので辛い。

 視力と知識を等価交換している気分だ。

 

 

 インターネットが使えなくなって、もう一つ困ったことがある。

 それは、外出中に音楽が聴けないということだ。

 

 私はこれまで「SoundCloud」という、音楽制作が趣味の人たちが曲を投稿しているアプリを利用して、登校などの時に流したりしていた。

 それが、すっかり無くなってしまったのだ。

 

 全く奇妙なことだが、久々に音楽をBGMとすることなく一日を過ごしてみたら、めっきりテンションが下がってしまった。

 電車内で会話する女子高生の声が、虫の羽音と同じように耳障りだったし、学校への山道を登っている途中には、環境音の多さに圧倒させられてしまった。

 

 昔は、これほど音に敏感ではなかったはずである。

 いよいよ疲れが溜まっている。

 それを実感させられる出来事だった。

 

 

 私はたびたび、音楽に救われてきた。

 

 受験期、予備校の自習室に閉じこもって鬱屈としているときは、「夏影」や「you」、久石譲の「summer」といった、どこか爽快な夏を感じさせる曲をよく聴いたものだ。

 

 また、寝起きが辛いときはカードキャプターさくらの「プラチナ」を聴くことをルーティンにしていた。

 

 大学の春休みなど、本の読みすぎからか猛烈な孤独感に苛まれたときは、ラジオを付けながら眠りにつくことで、今もどこかで頑張っている人がいるという事実に励まされたりもした。

 ただし、運悪くflumpoolやback numberが流れてしまえば、恋愛ソングと自身の状況を比較してしまい、人知れず苦しんだ。

 

 

 音楽は人並みに好きだが、歌うことは好きでも嫌いでもない。

 お風呂で一人歌うのは好きだが、カラオケに行って、自身の音程が届かなかった瞬間は苦手だ。

 

 でも、別にカラオケが嫌いという訳ではない。

 

 魂のルフラン」を誰かが歌うとき、エヴァンゲリオン二号機が量産機をバッタバッタとなぎ倒していくシーンがひとたび映し出されたなら、歌よりもそっちの映像にみんなが釘付けになってしまう時なんかは、なかなかに趣深いものがある。

 

 そういう楽しみがある一方で、私は少し閉所恐怖症気質なので、カラオケの個室が狭いときは長時間居座っているとキツイ。

 そういうダウナーな気分の時に誰かが失恋ソングを歌えば、人生についてどっぷり考え込んでしまう。

 

 カラオケと私は、ちょっと複雑な関係である。

 

 

 その他にも、音MADを毎日視聴していたり、音ゲーマーだったり、音楽については語ることができるものが多いが、ここらで止めておく。

 

 音楽のない人生などもはや考えられない、というのは間違いない。

 ノーミュージック、ノーライフ。

 メンタルヘルス面でも娯楽面でも、音楽は役に立っている。

 

 ブルーハーツから米津玄師まで、今日も音楽に埋もれた夜を過ごそう。

 

短針はママのお腹の中

10/10 雨

 

 カフェ、読書、統計学

 

 私が最近よく訪れている淀屋橋というのは、大阪のビジネスの中心であり、多くのビルが立ち並ぶ街である。

 

 過去のトラウマを反芻しまくった結果、心が弱りきってしまった今の私には、こういった都市の雰囲気がなかなかに沁みる。

 いつの間にやら零れ落ちてしまった「生きる力」といったものを、この街が肩代わりしてくれているようで心地いい。

 

 都会には人の力が集まる。

 だから私は大阪も東京も、ちょっとだけ好きだ。

 

 名古屋はふつう。

 

 

 私は生来、物事を早く済ますのが好きだった。

 

 小学生の頃から、テストも宿題も、何もかも手っ取り早く終わらせることに執心してきた。

 体内時計から短針が抜け落ちたのか、と思うくらいには、せかせかと動き回っていた。

 

 もしや、完成度はともかく、人より様々なことを素早くこなせるということが、自分にお情け程度の優越感を与えてくれたのかもしれない。

 

 でも、それはいつしか「好きなこと」から「義務感」に変わってしまっていた。

 自分が好きで始めたことが、自身の考えや行動を縛る鎖になるというのは、私にありがちなことだ。

 

 「何事も早く済まさなければならない」という強迫観念は、長期間にわたって私を苦しませ続けた。

 

 皮肉なことに、高校生の頃にひたすらボヤーっと日々を過ごすことによって、この義務感は次第に薄まっていった。

 

 それでも、テストを解き終わったらさっさと退室したり、バイトが終わればすぐに帰ったり、似たような傾向は今に至るまで継続している。

 周りから見れば迷惑千万だと理解しているが、私がそれを止めても自分にメリットがあまりないので、こういった行動をし続けている。

 

 

 このように、何もかも人より早く終わらせたいと考えている反面、自分より早く物事を済ませる人に出会ったりすることが、日常のスパイスになっていたりする。

 

 特に記憶に残っているのが、大学一年生の時に立命館大学に心理学検定を受けに行った時のことだ。

 

 私は8教科受験だったが、問題をさっさと解き終えて退出しようとしたら、私が立ち上がるより先に、黒髪の麗しき美女が起立した。

 

 颯爽と教室を退出していく美女を眼前に、私は言いようのない爽やかさを感じた。

 その出来事から二年近く経った今でも、夏の京都の暑さとともに、美女の姿は心に焼き付いたままである。

 彼女の正体は分からないままであるが、それが更にミステリアスであり、そそるものがある。

 

 

 というか、ここまで書き終えて、自分がそれまで物事を済ませる早さにこだわっていないことに気が付いた。

 

 私は天才美少女キャラが単に好きであり、現実でのその出来事がただ単に食指に触れただけでは、と思う。

 『化物語』の戦場ヶ原ひたぎ、『めだかボックス』の安心院さん、『神様のメモ帳』のアリスなど、そういったキャラが個人的に好みなだけなのかもしれない。

 

 むしろ、そのような出来事でしか心動かされない私の感性とは。 

 

 ついでに、心理学検定は8教科全て無事に合格していた。

 この資格は、今では人に対してマウントを取ることに役立っている。

 

 まぁ、心理学をそれなりに修めた証明にはなるので、困ったときに役立ってくれるだろう。

 

 

 何かを素早くコツコツこなすというのは、それなりに気持ちの良いことだ。

 

 そういうことに集中しているときは無益な思考の蒸し返しをせずにいられるし、様々な嫌なことを忘れることができる。

 

 スラムダンクではないが、後から振り返って「俺はなんて無駄な時間を……」となることも無くなる。

 

 結局何が言いたいかのかと言うと、私は日記を書くばかりで、現在全く何のタスクもこなせていないということだ。

 進捗のない毎日である。

 

 動画を作らねば、統計の勉強をしなければ、発表論文を探さなければ、TOEFLの勉強をしなければ、云々をしなければ。

 

 強迫観念が舞い戻ってきた。

 ひゅるりーら。

 

金玉ねぎ

10/8 晴れ

 

 3年生の秋になって今更、大学生活で初めての全休を作った。

 なので、今日はのんびりできている。

 

 日記を書いたり動画を作ったり、こういったアウトプットに時間を割くことができるのは心地いい。

 インプットよりもアウトプットの方がやはり時間がかかってしまうものなので、こういう日に頭の中から思考やアイデアを出し切っておかないと、後々しんどいことになる。

 これに共感してくれる人も、多分いるのではないだろうか。

 いなかったら、それはそれで孤独であり、しんどい。

 

 

 私は、この日記という習慣をかれこれ4年間以上は続けている。

 このブログも、先月に無事2周年を迎えたところである。

 

 昔の記事を読み直してみると、日本語が無茶苦茶だったり、意味不明なことを書いていたりするので、ある意味面白い(それは今も変わっていない)。

 

 高校生の頃はメモ帳に日記をつけていた。

 その頃のメモ帳には、このブログよりもさらに支離滅裂なことが書かれていたりする。

 以下、引用する。

 

自慰をするためにチンコの皮をむいたら、中にさらに皮があった。その皮をむいても、さらに皮が現れる。そういったことを繰り返していると、ついに全ての皮をむき終え、亀頭があるべきところには何もなかった。それは私という人間を象徴しているようだった。

 

 この短文のタイトルは「たまねぎ」だった。

 皮しかなく中身はがらんどう、ということだろうか。

 

 完全に正気のボーダーラインを超えている。

 あぁーイケないボーダーライン。

 難易度自慰でも。

 

 

 それでも、完全にこの日記を馬鹿にすることはできない。

 何か文章を書いているときの私の精神状態は、これに似ているからだ。

 

 「バカげた過去の行為を冷静に見る自分」の外に、「その客観視から得た教訓を台無しにする自分」がおり、さらにその外に「教訓を台無しにした私を戒める自分」がいる。

 このような精神状態で、私は日記を書いている。

 

 現実世界の私の行為を眺める無数の眼差しが、メタ的にどこまでも連なっている。

 これをモノに例えるなら、マトリョーシカか、玉ねぎか、つづら箱だろうか。

 

 そういう眼差しの包皮で丁寧に梱包された日記を、さらに未来の自分が批評したりする。

 限界のない入れ子構造が「心」だと、何人かの認知科学者や哲学者が言っていたような気がするが、まさしくそういった状態にこの日記は近い。

 

 この散文を読んでいる皆さんも、同じような状態を実感したことがあるのではないだろうか。

 なかったなら、それはそれで孤独であり、しんどい(二回目)。

 

 

 ネトウヨ学校裏サイト管理人、学歴厨、淫夢動画投稿者や、底辺Vtuberなど、私はこれまで現代最悪の肩書を総なめにしてきた。

 私の日記にはその軌跡が刻まれている。

 熱狂と自省の記録がここにはある。

 

 これまでの日記の文章量を確かめたら、このブログだけでも単行本一冊を超えていた。

 塵くそうんこぶりぶり記事も積もれば山となる。

 有益かどうかはわからない。

 

 ともかく、私はこれからもピリリとメタ認知が効いた日記を書き綴っていこうと思う。

 

 インターネットの最深淵で、このブログがメンダコのように人々の癒しになることを願っている。

 

私が学歴厨だったころ

10/7 晴れ

 

 淀屋橋のカフェでゆっくりコーヒーを飲みながら、この記事を書いている。

 自分の退屈を晴らすことができる何かを求めて、イナゴのようにコンテンツを食い荒らす毎日。

 

 最近、実験実習でラットに初めて触れた。

 実験動物とは言えども、優しく手を乗せると、生き物特有の弾力と温かさがあった。

 いかにも「命」という感じがした。

 

 ラットは他の人が抱く時に比べて明らかに激しく暴れ、私の腕に爪を食い込ませた。

 ついでに周囲にうんこをまき散らした、つらい。

 うんこを巻き散らしたいのはこっちの方だ。

 

 

 私は高校生の頃、学歴厨だった。

 理由は単純で、当時の私が今よりも悪質な、世間知らずのガキだったからである。

 

 これは自称進学校にありがちなことだが、入学当初の生徒はMARCHや関関同立以下の大学にはあまり努力をしないでも入学できると考えている。

 

 私も、60台後半から70ほどの偏差値の私立高校に通う、典型的な自称進学校の生徒であった。

 そういった環境が、私をより世間知らずの人間へと涵養していったのかもしれない。

 

 ともかく、他の人もそうであるように、私も簡単に学歴厨になってしまった。

 

 私は「大学 まとめ」と検索し、学歴にまつわるまとめサイトの巡回を日課とする、特にたちが悪い部類の学歴厨だった。

 高校1年生から高校三年生の夏まで、地方国立大学や関関同立をバカにする日々を過ごした。

 

 ちなみに、当時の私の成績はというと、定期テストはいつも学年最下位ラインであり、模試では国語以外の教科で頻繁に偏差値35を取ってくる落ちこぼれであった。

 それにもかかわらず、京都大学神戸大学農学部を第一志望としていた。

 

 理想が高く、自分より明らかに能力が上のモノをしらふで馬鹿にできるのは、批判者にありがちな特徴である。

 予備校をサボり、天満橋ジュンク堂で立ち読みしたり、マクドナルドでコーヒーをちびりちびりと口にしながらひたすら時間を潰していたのだから、成績が伸びないのは当然である。

 

 結局、極限まで追い詰められ、高校三年生の11月に文系に転じた時まで、私は先鋭化した学歴厨であり続けた。

 

 自分が馬鹿にしていた大学を志願するという現状、関関同立を再評価することによって、脆弱な自尊心を保とうとしていたのかもしれない。

 こうして、なんやかんやで私は関西学院大学に合格し、今に至る、という訳だ。

 

 

 大学に入学して読書などで自分の視野がある程度広くなると、学歴というものが何だか分からなくなってきた。

 様々な大学に在籍している人に、大学生になって出会ってきたが、彼らの間に能力差がほとんどないように思えるのだ。

 

 彼らに出会った場が大学主催のセミナーだったり、集中講義だったり、もともと学問へのモチベーションが高い人が集まる場であることも、さりげなく影響しているのかもしれない。

 どっちにしろ、旧帝大であろうと私立大学であろうと、勉強する人の能力が大体一緒なら、遊んでばかりいる人の能力もさして変わらないのだろう。

 

 かくいう私は、それほど能力的に優れているわけではないので、関学の恥晒しとしてこういった場に出席させていただいている。

 

 閑話休題

 

 学歴自体は自分が所属している大学名でしかなく、個人の能力を証明するものではないのに、なぜここまで信奉されているのだろうか。

 もしくは、なぜ昔の私は学歴を信奉していたのだろうか。

 

 極論で言えば、それは「わかりやすいから」である。

 

 特に旧帝大に合格するためには、尋常ではない努力が大抵は必要であり、それはそのまま真面目さのラベルになる。

 少なくとも、私のような自分の興味でしか動けないような社会不適合者の割合は低くなる。

 

 真面目さと能力の質を確保できるということ。

 これは非常に人材を求める側からすればわかりやすい。

 同時に、何かと人を区別したがる側からしても、学歴はわかりやすい基準になる。

 

 反対に、同じ高学歴でも、文系博士の就職率が低いのは「わかりづらい」からだろう。

 大学院というシステム自体がそれほど世間に膾炙していないので、アカデミアや専門職といった例外を除いて、博士号は使えるラベルにはならないかもしれない。

 

 

 こうしてみると、「学歴はツールなのでは」と思えてくる。

 実際、私は子供を相手にするとき、学歴をツールとして使用している。

 

 子供に勉強を教えるとき、不意に学歴を尋ねられることが偶にある。

 そういう時、子供に私の学歴を予想させ、最初に出た回答をその子供に対して名乗っている。

 多くの場合は「京大」と言われる。

 

 別にどんな大学名でも良いのだが、こちらから「関西学院大学でした」と名乗ることだけは避けたい。

 子供は関学を知らないからだ。

 子供の学歴観なんてそんなものである。

 

 それに、過去の私のように関関同立を馬鹿にしている子供と鉢合わせると、面倒なことになる。

 実際、家庭教師をやっている知人が自分の学歴を関学と明かして、それがきっかけで子供が言うことを聞いてくれない、なんていうケースがあったりする。

 

 このようなことは稀だと思うが、面倒ごとは出来るだけ避けたい。

 なので、私は子供が相手の時、京大生になったり、阪大生になったりする。

 

 

 学歴に限らず所属している会社など、これから先には更なるラベルが私たちを待ち受けていることだろう。

 

 良いラベルを持っているほど、それは私たちを「○○だから私はまだ大丈夫」といった具合に、程よく安心させてくれる。

 しかし、学歴でも何でも、良いラベルは人の中身をそれほど大きくは変えてくれない。

 ラベルにこだわることは、中身を着飾るどころか、むしろ私たちの本心だったり、そういったグロテスクなものを露にするだろう。

 

 とどのつまり、何を為すかが問題である。

 学歴厨だったころを反省して、自戒したい。