きんこんぶろぐ

大学院生の私が日々思うことを綴っていくブログ

君に巡り会えたそれって鬼籍

9/19 晴れ

 

 長かった夏休みも、今日で終わりだ。

 しばらく日記を書いていなかったが、この間は中学や高校の同級生と会ったりと色々忙しかった。

 本当は日記なのだから、このような出来事を書き綴るべきだとは思うのだが、日記を書くのにはそれ相応の体力を使うので、なかなか書けずにいた。

 日記に書くべきイベントが起こっても日記が書けず、そのようなイベントがない日は暇なので日記が書けるという、パラドックス的なことが起こっている。

 考えるだけで文字が自動入力されるようなインターフェースが早く開発されることを願う。

 

 最近、漠然とした不安に襲われていた。

 それは自分一人が世間一般からズレた進路を選択することの恐怖心から生じているのかもしれないし、最後の十代を過ごすにあたって、もっと充実したものに時間を費やした方が良かったのかもしれないという後悔から来ているのかもしれない。

 

 エリクソンという精神分析家兼発達心理学者の唱えた理論に、発達段階説というものがある。

 発達段階説によれば、私たちの年代でもある10代後半周辺で、「アイデンティティ VS アイデンティティの拡散」という危機が訪れるらしい。

 

 詳しく引用すれば、

 

 この時期の危機は 「 同一性 」 と 「 同一性拡散 」 。

 

「同一化」とはこれまでの見てきた段階 ・・・ 「 肯定的側面 対 否定的側面 」 を心の糧としながら乗り越え、統合してゆくことを示しています。
そして青年期の段階にはいると、その同一化されたものを土台にしながら、自らの自己を作り変えてゆく ・・・ つまり、 「 同一化 」 → 「 同一性」 を経ながらに自己価値を見出してゆく段階であると言えます。

 

この時期は、 「自分とは何か?」 「自分は何がしたいのか?」 「自分には何が合っているのか?」 「自分は何になりたいのか?」 ・・・ と言う様に、自分自身に気持ちが向けられる時期でもあります。 
また、 「自分が自分であると感じている自分」 を意識しつつも、 「自分が周りにどう映っているのか?」 とか、 「周りからどのように見られているのか?」 と言った事が気になり始める時期でもあります。

 

  ……だそうだ。

 要は、後悔も含めて自分の過去と向き合い、それを受け入れて将来のことを考えることが重要だということだ。

 だが、私はそれに対してなかなか踏ん切りがつかなかった。

 長いようにも短いようにも感じる自分の過去と、目前にある果てしない未来に足が竦んでしまっていたのだ。

 

 そんな時、たいていの人間は巡り合わせ良く、誰かからありがたーい言葉を貰うものである。それは学校の教師だったり親だったり、一般的には身近な人間だったりするものだ。

 しかし私の場合、ありがたい言葉を授けてくれたのは基礎英文問題精講だった。英語の問題集である。

 私が無心に英語を勉強していた時、

「The past and the future are only our means and the present alone should be our end.」

という一文に出会った。

 和訳すれば、

「過去と未来は手段に過ぎず、現在のみが我々の目的でなければならない」

となる。

 私はなぜか、この言葉にとても感動した。

 言われてみれば確かに、過去は変えられず、未来は何が起こるか全くわからないものだ。

 ならば、自分自身が過去に得たものや、他人を感化させるような自分の未来を自身で定義し、それらを武器に現在で闘っていくしかない。

 

 この考えは私の不安で曇った視界を明瞭にした。

 この時から、少しは気が楽になった。不安の素であった過去と未来が頼もしい私の武器であるかのように思えたからだ。

 ただ、この言葉は基礎英文問題精講の問題文である。贅沢を言えば、現実世界の人間から直接この言葉を授かりたかった。名言製造マシーンの美少女とかそこらにいないだろうか。

 

 この言葉を英語の問題集の一文のままにしておくのは勿体無いことなので、この文章の出典を調べてみた。

 どうやら、かの偉大な哲学者、ブレーズ・パスカルの言葉らしい。「人間は考える葦である」のパスカルである。

 調べてみれば調べるほど、パスカルの定理だったり、パスカルの賭けだったり、パスカルの三角形だったり、39歳で鬼籍に入ったにしては残した業績が多すぎる。

 

 かくして、私の励まされた言葉の裏にはしっかりと人間がいたことがわかった。それも世紀の天才である。350年という時を超え、この言葉は私にしっかりと届いた。

 パスカルとまではいかないにしても、私もそれなりに業績を残してみたいものだ。

 The past and the future are only our means and the present alone should be our end. 

 この言葉を胸に抱きながら、これからも今を生きていく。

 

きんこんぶろぐ一歳の誕生日

9/11 曇り

 

 喫茶店に行ったのが一昨日だと気づいて、驚愕した。まさに驚愕webである。

 喫茶店に行ったのが、遠き日のことのように思える。ついに、時間の経過がスローになり始めた。

 退屈になり、日々の変化も無くなると、時間の流れがとてつもなくスローになるのだ。これと同じ現象が春休みに起こって発狂しそうだった。

 果たして夏休みの終わりまで、私は精神的ダメージを抑えることができるのだろうか。残りSAN値と相談して、時々娯楽を挟みながら秋学期を迎えたい。

 

 今日でブログを開設してちょうど一年である。

 総記事数はこの記事を含めて84件だ。だいたい四日に一度はブログを更新したということになる。長ったらしい文章を書くことを、よくもまあこれほど継続できたものだと思う。

 「継続は力なり」とよく言うが、何の力が付いたのかは未だによく分かっていない。文章力や皮肉力だろうか? 

 

 パソコンに日記をつけ始めた頃の文章を読み返してみた。

 何度もこのブログで繰り返している通り、日記は思考のタイムカプセルだ。日記をパソコンにつけ始めた最初の記事は、ブログに未だ掲載していないことに気づいたので、ここに全文を載せておく。

 

 

 本日からMacBookを開く機会、そしてタイピングの練習をするためにも、こちらでも日記を書き込もうと思い立った。

 なんやかんや、日記を書く行為自体は1年以上も続いているので、三日坊主になることはないと思うが。

 

 「君の名は。」を見に行った。ぼーっとして見ていればいい映画なのだが、あいにく私は脳みそをこねくり回しながら鑑賞していたので様々な矛盾点が目に付いた。

 その他にも、映画の放映前の、他の映画の予告編などが流れる時間で、あからさまに若者世代向けの映画ばかりが予告されていたので、自分が経済の一部に組み込まれているような気分になって、嫌悪感を覚えた。

 

 これは今日気づいたことだが、最近映画を見た後に、しばらくその映画の物事について考え込んでしまう悪い癖が付いている。そういったことが積もり積もって考えることが多すぎて頭がパンク寸前である。キャパシティーオーバーにならないように注意したい。

 

 最近は隔月で書いていた日記を、なぜ突然再開したかというと、この映画に多少影響されたという事もあるが、何より自身が語るべきことが増えたと感じたからである。

 読書数は1400冊を超え、得た知識を定着させていくステップへと遷移するべきだと感じた。

 そこで、多様な学説・考えに惑わされないように、どこかに自分の思考を書き込んでおく必要性があると考えた。

 考えは放置しておくと、生もののように徐々に腐敗していくのは、以前の日記に書いたとおりである。せっかくの得た知識を活かすためにも、ほぼ毎日このページへと書き込んでいきたい。

 

 この日記を読み返すまで、自分が日記をつけていたのは思考をまとめるため、そしてタイピング能力を高めるためだということすら忘れていた。

 現在は、日記を書くために日記を書くという、目的と手段が奇妙に合成されたような状態に成り果てている。目的を忘れる時というのは、忘れたということ自体にすら気が付かないらしい。ついでに、読書冊数も4000冊に達しようとしている。

 こうして積み上げた一年間の日記の分量は、なんと11万文字を超えていた。

 文字数だけなら、長編小説一冊にも匹敵する。一年間で積み上げてきたものは、振り返ってみると、とてつもない分量になっていた。おそらくレポートなども含めると、20万文字はゆうに超えるだろう。もういっそ、物書きにでもなった方がいいような気がする。

 

 今日は同時多発テロから16年、東日本大震災から6年半、私が二十歳になるまで半年の、節目の日でもある。

 ブログはこれからも掲載し続けるだろうし、微量の閲覧者を楽しませたり、怒らせたりし続けるだろう。私の意志が続く限りは。

 

 まだまだ文章力も、その他いろいろも拙い私であるが、生暖かく次の一年も見守っていただければ幸いである。

 ハッピーバースデーディアー、きんこんぶろぐ。

 

ぼくのなつやすみー暇潰し編ー:Sキャラソムリエは今日も征く

9/4 曇り

 

 クラス発表があったり、彼女連れの某氏と遭遇したり、小さなイベントが相次いだ。

 ついでに編入試験の願書も出し終わった。あとは試験に向けて準備するのみである。英文読解に自信がないので、そこを重点的に勉強したい。

 自称東京で英語が一位のアキ氏に勉強法を聞いたら、「文法と平行で勉強すること」という返事がきた。慶應義塾大学からトロント大学へと編入した彼女の意見は参考になりそうだ。

 最近、トロント大学が東大よりもはるかに賢い大学だと知って驚いた。同級生が何人もこの夏季休暇中にトロント大学へと留学していたので、自分も将来はここに英語研修も兼ねて留学してみたい。

 

 今日、ツイッター菜々緒を見た。菜々緒といえば、Sキャラで自分を売っている芸能人の一人である。日焼けの跡が残る菜々緒の尻は、なんだか臭そうだった

 私は菜々緒のSキャラがあまり好きではない。「私Sでしょ!」と言わんばかりの彼女の言動には辟易させられる。Sキャラ自体は大好物なのだが……。

 私好みのSキャラは、やはり天然のものである。側から見てみればSキャラにはまるで見えない、むしろおっとりした性格のように見える人が時折毒舌を放つ。この瞬間にキュンと来る。

 

 Sキャラというのは幅の広いジャンルだ。

 いつもはツンケンしてる態度を取り、好きな人の前では態度が少し柔くなるツンデレ

 思ったことをストレートに言い過ぎてしまうがために誰かの心を刺してしまうクールキャラ。

 その人を好きすぎるあまり傷つけてしまうヤンデレなども、Sキャラの範疇に入る。

 Sキャラは口調・行動・性格など、その人物の特性や、誰かに対する感情によって定義される。

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 ↑ Sキャラ代表

 

 私がSキャラというのを嗜む時に、何よりも大切にしているのが、その人物の時間軸である。

 要は、Sキャラである現在や、Sキャラなるまでの背景、Sキャラとしての態度がどのように変容していくのかといったことを重視する。

 これらの時間軸が無視されたAVなどは、ただ売り出しのためにSキャラという特性を付属しただけであって、好ましいSキャラとは言えない。時間軸を無視したSキャラはただのサイコパスに成り果てる。

 私が菜々緒のSキャラを好まないのも、彼女にはSキャラとしての時間軸が欠落しているからである。

 

 Sキャラを考える際に、もう一つ大切なのが「どのようにSな行動を起こすのか」である。

 今日、SキャラのS行為は多岐に及んでいる。

 男に殴りかかる暴力系ヒロインもS行為の一種と捉えることができる。毒舌であることもS行為である。逆レ○プだってS行為である。

 

 どのようなS行為を起こす人物が好きか、といったことは一番個人差の大きいところだと思う。

 S行為が暴力的であればあるほどいい! という人は立派なドMである。唐辛子で言うならハバネロをパクパクと食べてしまうような人である。

 対照的に、ほんのり毒舌がいいな、と思っている人は、軽いMだ。ココイチで言うなら1甘をオーダーする人だろう。

 

 今日は久々に自分のフェチズムを語った。

 やっぱり好きなことを書いているときは筆が進む。いつもより段違いの速さでキーボードを叩くことができた。

 余談だが、私が好きなSキャラは戦場ヶ原ひたぎさんである。

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 彼女の特徴である、古風な女言葉から放たれる言葉責めは、まさに二次元最高峰だろう!!

 まるで、毒舌のエレクトリカルパレードやぁ〜〜〜! ヌッッッッッ!!!!

 ……ふぅ。以上、Sキャラについての日記でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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  あと、食蜂操折も好きなSキャラの一人である。言葉責めを主体としたSキャラであり、洗脳能力持ちであることも加え、個人的なフェチズムの二段重ねである。出会えてよかった!! シコシコシコ、フキフキフキ、四国毒吹きッッッ!!!

 

ぼくのなつやすみー暇潰し編ー:エイリアン的キャンパスライフ

9/3 曇り

 

 気づけば、編入試験まで二ヶ月ほどになった。なので、最近は英文読解をしたり、心理学の基礎を固めたりしている。勉強ばかりの日々である。

 これほどのやる気を高校生の時に発揮できたなら、東大にでも合格することも不可能ではなかっただろう。あいにく、私は自分の興味のあることにしか能力を発揮できない人間なので、それは叶わなかった。

 心理学を勉強するのは面白い。好きなものに出会え、それを生涯の職にできるかもしれない環境に感謝する。それを実現することのできる自分自身の圧倒的な才能にも感謝である。

 自分に対する自信の方が周囲への感謝を大きく上回っているので、周囲への感謝をすぐに忘れてしまう。酷い悪癖だ。

 

 九月に入ってから、サークルの合宿や留学に出発した人を多くタイムラインで見かける。彼らは皆楽しそうだ。こういう写真などを眺めていると、自分の大学生活とは何だったのかという気分になる。

 私はサークル活動に没頭することもなく、留学に出かけて西洋諸国の雰囲気を肌で感じ取ることもしなかった。

 もちろん、サークルに没頭しなかったのには、広すぎる人間関係や集団行動が苦手だからという理由がある。

 留学に赴かなかったのにも、多大なお金がかかるということと、私にまだ外国で何かを得ることのできる感受性やスキルが備わっていないという理由がある。博士課程に進学する頃に、カナダかイギリスに留学したいという淡い思いも私の中にはある。

 ただし、それらの理由が私にとっては正しいものであっても、社会にとってはどうなのかという疑問が心中にわだかまっているのだ。

 

 私はかねてより、社会的に正しいという価値判断よりも、自分の価値判断を優先させてきた。実際そのことで後悔したことはないし、今後もそうであり続けるだろう。

 だが、それによって所謂『世間』からは、かなりズレてしまった。

 中二病的だと自分でも思うが、芸能人の結婚や不倫に全く面白みや興味を唆られなくなり、ほとんどの俳優の顔の違いがわからなくなった。

 近頃は「不謹慎」や「可愛い」の概念がわからなくなり、自分の価値判断を社会のそれと照らし合わせて語ることすら難しくなってきた。

 社会から見て、私の価値判断が相当狂ったものだというのは理解しているのだが、自分のこれを変えるつもりは全く湧かない。「自分の価値判断は正しいはずだ」という自負があるからである。めまぐるしく変化する社会に価値判断を委ねるよりは、自分自身に判断基準を設けておいた方が信頼できるからだ。

 しかし、所詮個人的な正しさであって、それは社会的には超マイノリティな考え方のはずである。人間は社会的な生物であり、社会との相互作用からは逃れられない。

 

 自分の大学生活は社会からしてみれば異質である。毎日読書に耽り、編入を志し、思想をネットに垂れ流すなど、一般的な大学生であるはずがない。

 「一般的」という言葉の恐ろしいところは、そのイメージに向かう引力が発生するところである。「そうあることが当たり前」という考えは、同調圧力にも似ていて、それに従わない者には凄まじいプレッシャーがかかる。

 人と違う生き方は辛い。それは自らの生活に共感を示すものがおらず、承認欲求に飢え、孤立した時間が多いからだ。

 私は今日も「自分はまだ進むことができる」という根拠のない自信を源にして勉強を続けている。自分の未来くらい、自分で定義をしたい。

 

 今日は日記を「賢者屋」というところで書いた。意識高い系の大学生がミーティングだのなんだのをするという学生限定のフリースペースだ。

 世界を変えるアイデアは大抵一人かコンビから生まれる、私はこうはならないぞ。

 そんな醜い闘争心を燃やしながら、今日も一人勉学に励む。

 

ぼくのなつやすみー祟殺し編ー:思い出は風に吹かれて

8/31 晴れ

 

 八月が終わる。というのに、何もイベントが起きなかった。

 私は意地でも日常に変化を起こしたがる人間なので、今日は梅田の喫茶店『YC』に赴いた。全席喫煙可能な、レトロな喫茶店である。

 オムレツサンドは、今まで見たどのサンドよりも卵が分厚く、中はとろけるように柔らかかった。

 セットで頼んだコーヒーも味わい深かった。コーヒーとともに、ミルクと砂糖がそれぞれ入れられたポットが合わせて3つ出てきたときは、あまりに高尚すぎて驚いた。

 これだけ盛りだくさんで900円ぽっきりである。副流煙を気にしない人にはオススメだ。

 

 こういう落ち着いた喫茶店でゆっくりとしていると、自然と幼少期の頃が思い浮かんでくる。

 幼稚園児の頃、私は好奇心に溢れ、潔癖症で、残虐な幼児だった。

 図鑑を読みふけり、集団の遊びに交わらず、ただ一人カメムシをすり潰して遊んでいる、そんなクソガキだった。

 私は俗にいう「恐竜博士」であった。太古の昔にロマンを感じ、まだ見ぬ世界の知識をその小さな頭に必死に蓄えようとしていた。

 また、レゴブロックにも夢中になっていた。そういう意味では、私は一人遊びの名人だったと言える。その形質は、今の私にも多少は引き継がれているように思える。

 

 小学生になっても、幼稚園児の頃の傾向はそのままであったが、好奇心だけはすり潰した昆虫の数と反比例するかのように減少していった。

 小学校の勉強内容がとてつもなく簡単に思えて、予習復習を行わなくとも100点が取れたからだ。予習復習の重要性を感じたのは、高校生になってからである。正直、気づくのが遅すぎた。

 退屈な授業が繰り返されるうちに、私は妄想に耽るようになった。特に「ひぐらしのなく頃に」の世界に入り込むという妄想を、昔の私はよくしていた。これだけで何時間も暇が潰せたものだ。

 小学生だった頃、私は習い事として水泳と体操を、小学六年生からは塾を掛け持ちしていた。進研ゼミもやっていたが、2年分ほどの確認テストを、赤ペン先生に送ることができないままでいる。興味が向かないことを後回しにしすぎたのだ。

 私の人生が大幅に狂い始めたのは、やはり小学六年生の頃からだと思う。

 塾に通い始めたことで、勉強時間が増えるはずもなく、妄想時間のみが増えていった。そして、ネットの魔境に触れ、一時期ネトウヨになったりした。ついで、精通もしていないのに、触手責めのエロ画像を好んで閲覧するようになった。

 

 結局、そんなことをしていたせいで、現時点での人生の4/5ほどをドブに捨てる羽目になった。

 こんな過去が肯定できるはずもなく、私は17歳から数え、現在生後2歳児の気分で日々を送っている。事実、ここ2年間の方が、それ以前の17年間を足し合わせたものよりも充実している。

 幼少期のまっさらだった頃の好奇心が盛り返してきているなど、最近は非常に調子がいい。

 

 幼少期に比べ、私が少しはまともになったのは、間違いなく日記と読書のおかげである。

 あの日、メモ帳を購入してペンを手に取った高校生の頃の自分。そして、大学の入学式が終わった直後、スーツ姿のまま図書館へと向かい、最初の二冊を手に取った過去の私に、心から感謝したい。あの頃の私無しに、今の私は存在しなかっただろう。

 日記と読書は間違いなく私の未来を広げてくれた。デカルトは「読書をし過ぎると異邦人になる」と言っているが、そもそも異邦人だった私には関係なかったのだ。

 

 こうして人生を回顧していると、気が付けば夕方になっていた。私は会計を済ませ、喫茶店を後にした。

 ビルの隙間から、晩夏の風が吹き抜けていった。誰かが、「夏の終わりの風は透明」と言っていた気がする。

 確かに先ほどの風は、冬のように肌を刺したり、真夏のように肌を焼いたりすることもなく、ただ肌に馴染むように通り過ぎて行った。

 そういえば、風を黒髪ロングの少女に擬人化した妄想もしたことがあったような気がする。さらに詳しく妄想の内容を思い出そうと試みたが、それは叶わなかった。

 過去の残り香を引き連れて、私は夕暮れの梅田の街を後にした。

ぼくのなつやすみー祟殺し編ー:障害者はサーカスの見世物か

8/27 晴れ時々曇り

 

 予定が実存しない日々。

 今日は大阪大学に編入試験の願書を取りに行った。

 正直なところ、大阪大学に合格し編入すること、関西学院大学にこのまま在籍し続けること、そのどちらがより良いのかはまだ分からない。

 まあ、そんなつまらぬ問いは、一年後の自分がとうに答えてくれているはずだ。どちらにせよ、現状を盲目的に肯定しているか、過去の自分(主に現在の私)を恨んでいるかだろう。

 せめて、悔いがないように万全の態勢を以って編入試験に挑みたいものだ。

 

 昨日は24時間テレビが放映されていた。受信料という、日本国民からの多大なる『愛』で成り立っている某放送局からさえ、「感動ポルノ」と一蹴されたあの番組だ。

 24時間テレビでは毎年、身体障害者精神障害者になんだかよく分からないチャレンジをさせている。

 ダウン症の人にアイドルグループのダンスを踊らせたり、義足の少女に山を登らせたりしている。ともかく、彼らの負っているハンディキャップを乗り越える、という挑戦がほとんどだ。

 それのどこが感動するのかは私には理解できないが、世間で一定の評価を得ているのは確からしい。自らの弱みを乗り越えることなど、人間社会では日常茶判事の出来事のはずなのだが……。

 いっそのこと、彼らに弱点を克服させるのではなく、得意なことをやらせてみてはいかがだろうか。

 ダンスや山登りなど、これらの挑戦は健常者が日常的に行なっている営みである。今も地球のどこかでは健常者が山登りを楽しみ、どっかのサークルではギリギリ健常者がダンスを楽しんでいるはずだ。

 24時間テレビを、健常者が障害者の日々の営みを体感する番組にしてみても良いかもしれない。それも、健常者視点からの傲慢かもしれないが。

 

 障害者の挑戦が感動を呼ぶ一方で、私たちの日常世界では、障害者についての話題がタブー化されているように思われる。

 それは障害者について触れることについて、社会全体の雰囲気が過敏になっているからだろう。

 現実に、健常者の身体特徴を諧謔することは許される風潮が社会には漂っているが、障害者の障害をネタにすることは許されてはいないように感じる。とすると、障害者について健常者と同様に語ることは、非常に難しいと言えるだろう。

 倫理観を殴り捨ててれば、ダウン症に特有のあの顔も、彼らが総じて坊主頭であることもネタにすることはできる。しかし、それをしてしまっては、周囲の反感を買うこと必至なので個人的に控えている。

 人間は自分や相手の容姿・精神を、ユーモアを以って表現し、時折そのユーモアに傷付けられながら生きている。先天的・後天的に、健常者から逸脱してしまった障害者も、このユーモアから逃れることはできない。

 ダウン症などの、先天的な障害を持つ人たちには、サーカスの見世物になってきたという歴史的経緯がある。テレビという現代のサーカスの中で、障害者が感動を呼ぶという構造は、障害者に対する娯楽の新たな形と捉えることができるだろう。

 

 テレビをつければ、誰もが道化師を飼いならすことができる。そんな現代において、障害者も24時間テレビのように、新たな現代のサーカスの見世物となり得る。

 彼らを見世物でないように、健常者と同じように扱うことは、本当に可能なのだろうか。

 そのためには、障害者・健常者という枠組み以前に、より大きな枠で人間を捉え直す必要があると私は感じる。

 ヒトの学名はホモ・サピエンス、「知恵あるヒト」の意味であるが、異常に知能指数の低い人たちは、「人間」を規定する枠から抜け落ちてしまうのではないだろうか。

 より包括的な、たとえ四肢が欠損していても、染色体に異常があったとしても、身体と精神の性別が異なっているとしても、障害者が真に「人間」たり得るような、新しい「人間」の定義が必要だ。

 それは、障害者が「障害者」という枠から自由になる事とともに、健常者が「健常者」という枠から自由になる事に対しても助けになるだろう。

 「健常者」の自虐ネタのように、「障害者」が自虐ネタを発した時も違和感なく爽快に笑うことができるような、そんな社会が訪れることを願っている。

ぼくのなつやすみー祟殺し編ー:私

8/19 晴れ時々曇り 『私』

 

 『虚像』という記事の続きを書く元気がしばらく無くなっていた。なので、ブログを更新していなかった。いっそのこと、開き直って『虚像』を書くことを先送りしたいと思う。

 『誰でもできる一万RT』の記事も停止している。いつか全て書き終えたい。内容は頭の中に全て入っているのだが、それを言語化し、外の世界に現像するのにはそれなりのエネルギーが必要なのだ。

 それはともかく、夏休みも残り一ヶ月である。この期間、何も成せていない気がする。実際には何かを成しているのだろうが、それに満足していない。もっと変なことを始めたい。

 

 私について書こうと思う。

 

 性格は内向的である。かといって人と話すのが嫌いなわけではない。しかし、パーティといった人が集うような場は苦手である。

 一人の時間と、人と関わる時間のバランスが取れないと短期間で憂鬱になる。

 何事に対しても考えすぎるきらいがあり、それが功を成したり成さなかったりする。

 それとは逆に、ふとした思いつきで行動することもあり、それがやけに長続きしたり、黒歴史になったりする。

 現実主義的であり、それでいながらロマンチストでもある。

 妙に自信満々であり、それが異常な努力の原動力になっているが、それに見合うプライドは持ち合わせておらず、ふとしたことでガス欠することがある。

 自分よりある部分で優れている人を見るとすぐに嫉妬をするが、その人の能力は素直に認めている。だが尊敬はしていない。

 女性関係には奥手であり、相手を傷つかせまいと考えすぎるが故に、言動がチグハグになる。

 人を傷つかせることを非常に嫌うが、自分と関わりのない人はそもそも人と見なしていない。

 「自分は優しい」と勝手に思っているが、実はただ単に人に甘いだけなのかもしれない。

 常に反社会的なことを考えているが、親しい人に向けられる攻撃に対しては過敏である。

 時々、過去の恥ずかしい経験や後悔がフラッシュバックする。

 約束は守る方だが、約束を破られても無感情である。

 

 好きな物事はたくさんあるが、いくつか抜粋すると、何かを作ること、何かを知ること、古明地こいし、考え事、悪堕ち、アーモンドチョコ、豆乳、心理学、立体音響、賢い人だ。

 特に、何かを作り出し、それに人が影響を受けている様子を見ることが好きだ。たとえ人に貶されても、見返してやろうという気分になる。

 

 嫌いな物事もたくさんあるが、いくつか抜粋すると、理不尽、社会的慣習、酒、メロン、他人のために働くこと、黒乳首、広告、当たり前のことを重大であるかのように語る人だ。

 

 興味がないこともたくさんあるが、いくつか抜粋すると、テレビ、ファッション、物理学、日本、自分と関わりのない人、アイドルだ。

 

 趣味は読書、絵を描くこと、動画制作、日記などだ。そのうちプログラミングや楽曲制作も趣味にしようと企んでいるが、技術が追いついていない。

 

 ざっと私について書いてみた。以上のことが、私の全てではないことは明らかだ。

 人というものは複雑で、常に変化し、その行動などは全てを捉えようがないほどに多岐に渡る。明日の朝に同じ題材について書けば、全く違う文面になるだろう。

 それに、とっくに私の自分自身に対しての認知は、人のものと違うものかもしれない。

 私にとって、最も近くて遠い存在が私である。

 自分のことを知らずに、この世を去る人は多い。多くの人にとって、自分の性格や行動や好きなことに想いを馳せるよりも、仕事のことや家族のことの方が重要な課題なのだ。それは誰にとってもそうであるだろうし、私もそうかもしれない。

 しかし、自分について考えてみると、それらと同じぐらい大きな課題として「私」というものが浮かび上がってくる。

 それでも、考え事としての「私」は優先順位は他に比べ低くなってしまうのだ。「私」というものは、いつも私に寄り添っているものであり、答えのなく切迫もしていないものだからだ。

 夏休みの暇な午後こそ、「私」について考える時間にふさわしい。